音也くんと、
「おー!良い旅館じゃん!」
「ほんと!素敵!」
久々の休みを使っての、友達グループでの一泊二日の旅行。
グループ、と言っても参加者は私と音也、共通の友人二人の計4人だ。しかもその友人は付き合っていて、うっかりダブルデートだと勘違いされそうな今回の旅。
「じゃ!俺チェックインしてくるから、皆ちょっと座ってて!」
「あ、ありがと…」
「こういう時の音也はフットワーク軽くて助かるよな」
「本当。頼りになるよね」
友人の言葉にうんうん、と頷く私。
先程の言葉に補足しよう。
この旅行は断じてダブルデートという訳ではない。私と音也の関係は仲の良いただの友達だ。
音也の明るくて人懐っこい性格のせいか、知り合ってから間もなく仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。今日は4人だけど、2人で遊んだことも何度もある。
言うなれば友達以上恋人未満って感じ。
「お待たせ!チェックイン出来たよー!」
「ありがとう音也」
「じゃあ部屋まで移動するか!」
トランクをカラカラと引いてエレベーターに乗り込む。部屋はふたつ取ってあって、男女で別れて使う予定だ。友人カップルにはちょっと悪いと思うけど、いくら何でも音也と同じ部屋には泊まる訳にはいかないからね。
部屋に荷物を置いて、温泉に入って食事を楽しむ。その後は卓球で対決なんてしちゃって。これぞ友達同士の旅行!といった感じで思い切りはしゃいだ。
「…はー!ビール美味しい!」
「はは!旅子、ペース早いね」
「へへ、楽しいとつい進んじゃうんだよね」
夜中の宴会もあっという間に時間が過ぎていく。
明日も朝から観光だから、早めに休もうということになった。眠い目を擦りながら後片付けをするけど、睡魔が容赦なく襲ってくる。
「眠いー…5分だけ寝る…」という私のわがままに、
「んー…じゃあ後でちゃんと起きてね」という優しい言葉をかけてくれた女友達の厚意に甘えて、私は畳の上にころんと横になった。どうせここは私と彼女の部屋だ。きっとそのうち音也達は自分の部屋に戻るんだろうし…もう気を抜いても良いよね。
5分経ったら起きよう、そう決めて瞼をそっと閉じた。
そして──おおよそ時間が経過しただろう。ウトウトとしながら目を開けた。
あれ?畳で寝たはずなのに背中がふわふわと柔らかい…?
「起きた?」
眠かったはずなのに頭が一気に冴え渡る。何故だか私の視界には音也のドアップ。背中には白いふかふかのお布団。そして部屋には、私と音也の二人きり──。
「な、なななんで!?」
慌てて後ずさりをして、しゃがみこんでいた音也との距離をとる。寝ていたせいか乱れている浴衣を誤魔化すように、枕をぎゅっと抱きしめながら胸元を隠した。
えっと、さっきまでは確かに4人で部屋で飲んでて、私が少しだけ寝ちゃってて。友達カップルはその間に部屋から去っていて、今の状況ってこと!?だって…!
「あ、部屋のこと?交代してもらったんだ。やっぱり、カップルは同じ部屋の方が良いでしょ?」
けろっと音也は言うけれど、そんな簡単な問題じゃない!そもそも!
「きっ、聞いてない…!」
「あー、そういえば言ってなかったかも」
斜め上を見ながら適当に言う音也。
そりゃ、カップルは同じ部屋が良いのはそうかもしれないよ?けど、こうなると私は朝まで音也と二人で過ごさなくてはいけない訳で!付き合ってもいない男女が一晩を共にするのはそれはさすがによろしくないだろう、そうだろう。
「さすがにまずい、んじゃないかな?今からでも元の組み合わせに戻さない?」
「なんで?」
「なんでって…!だって!」
「あの二人の邪魔するのも可哀想じゃない?多分今、真っ最中だし」
「真っ最中って…!」
何の最中、かなんて言わずとも分かる。確かに音也の言うことも理解出来なくはない。
いいや、もう諦めよう。観念した私は浴衣を整えてすくっと立ち上がった。
「えっとそれじゃ…先に寝ててくれる?今まで寝ていた私が言うのも何だけど」
「えー。旅子は寝ないの?」
「パックとかしたいし…ほら、明日の準備も」
「一緒に寝ようよ!ほら、おいでー」
「んがっ」
音也が突然とんでもない事を言うから変な声が出てしまったじゃないか!音也は自分の布団に横になって、半分空けたスペースをポンポンと手で叩いた。そこに寝ろという合図だろうか。
……ちょっと待てーい!
「一緒の布団で寝れる訳ないでしょ!私こっちで寝るから!」
「………」
そう宣言して、私は勢い良く頭から布団を被った。明日の準備は、朝早く起きてする事にしよう、うん。
なのに懲りずに私の布団に乗り込んでくる、この男。
「ちょ、音也っ…」
「んー…旅子、良い匂いする」
「こらっ、嗅がないで!」
起き上がって掛布団を剥ぎ、音也を制止しようと試みる。そしたら首筋に音也が顔を埋めてくるから、上手く抵抗が出来なくなってしまった。お、お前は犬か…!
いつの間にか、私の背中は敷布団に逆戻り。
上にのしかかってくる音也の浴衣は微妙に乱れていて…妙に色っぽくて、ドキドキと心臓が音を立てる。
「旅子…」
音也の目の色が、真剣なそれに変わった。
はだけた胸板に手を当てて、必死に押し返そうとするけどビクともしない。
それどころか両手首を掴まれ一纏めにされ、布団に押し付けられた。さらに音也のもう片方の手が、私の浴衣の間を縫って太腿に触れる。
まずい!これは…!
「(ヤッてしまう流れ…!)」
だめだめだめ!付き合ってもないのに、それは絶対だめーっ!
「お、おお音也!あの、」
「旅子は、俺のこと嫌い?」
「き、きらいじゃ…ないけど…」
むしろ音也のことは好きだ。だけどそれは男の人としてなのか、友達としてなのか自分でもよく分からない。だけど実際、こんなにもドキドキして…音也の事を意識してしまっている私がいる。
「けど、順番が違うっていうか…!」
「じゃあ付き合お?」
「へっ!?」
「俺、ずっと前から好きだよ。旅子のこと」
突然の告白に、心臓が止まりそうになる。
音也の大きな瞳がゆっくりと細められて、微笑んだ音也が私の頬を撫でる。
「ねぇ、良いよね?」
「……」
「へへ、旅子…嫌じゃないって顔してる」
「それは…」
そうかもしれない、けど。そう口にするより先に、音也が私の唇を塞いだ。
思いがけない展開に思考回路が麻痺しているのか、身体も自由が利かなくなってしまった。
私が抵抗しないと悟った音也の手が全身を這う。
あぁ、もう。こうなったら流れに身を任せてしまおう。諦めがついた私がそっと音也の首に腕を回したら、音也はこれ以上ないってくらい嬉しそうに笑った。
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