お泊まり!
何の不快感もなく、スッキリとした自然な目覚め。だけど空はまだ暗く、ベッドサイドのデジタル時計は朝の5時前を表示していた。
昨日の嵐はすっかり忘れてしまったように、外は驚くくらい静かだ。良かった、雨が翌日まで続いたらどうしようかと思っちゃった。
起き上がって横を見ると、私の隣で眠るセシルの姿があった。猫のようにうつ伏せの状態で、身体を丸めて眠っている。まだ、起きる気配はなさそうだ。
「(恥ずかしいところ、見られちゃったな…)」
大の苦手である雷が怖すぎて、昨夜は結局セシルの部屋に泊まってしまった。私が寝付くまで、優しい声で歌ってくれた子守唄が忘れられない。あんなに温かくて甘い歌声で、ずーっと耳元で歌ってくれて…思い出したら突然恥ずかしくなり、誰も見ていないというのに両手で両耳を抑えた。だって今の私は多分、耳まで赤くなっている。
セシルの寝顔を見つめていると、ぽわぽわと穏やかで優しい気持ちになっていく。そしてこのドキドキする気持ち、自然とメロディーが頭に浮かんで、私は慌ててベッドから抜け出した。もちろん、セシルは起こさないように細心の注意を払って。
棚の引き出しから、備え付けのメモパッドとボールペンを取り出す。小さな紙にフリーハンドで五本線を描いて、その上に雑に音符を羅列していく。生憎、作曲家見習い兼雑用係という形で事務所に雇用されているため、普段は作曲用のノートやパソコンは携帯していないのだ。
一枚じゃ収まりきれず紙は何枚にも連なっていく。書き終わるたび床に落ちていくメモ紙を拾う余裕もなく、どんどんと湧き上がってくるメロディー。
「…出来た!」
私的大満足、取っておきの一曲が完成した。今回の単独ライブには間に合わなかったけど…いつか私の曲も、七海さんの曲のように皆がステージで歌ってくれたら嬉しいな。事務所に帰ったら五線譜に清書して、社長に見てもらおう。
「あ、もうこんな時間…」
相当熱中していたのか、私が起きてからすでに2時間が経過していた。そろそろ朝食の時間が来てしまう、その前にセシルを起こしておかなくちゃ。
私のベッドの上で眠りこけるセシルを起こすのは気が引けるが仕方ない。せめてもと思い、優しく肩をさすって耳元で声をかけた。
「セシル、朝だよ」
「んー…むにゃ…」
「早く起きないと遅刻しちゃうよ」
「にゃー…」
「朝ごはん、食べなくて良いの?」
「あさごはん、たべます…おきます…」
むにゃむにゃと口を動かしながらセシルがゆっくりと起き上がった。ぽーっとしてるし髪の毛は跳ねてるし…本当に猫みたいだ。
「着替え出来る?」
「できません…」
「…着替えどこ?早くしないと遅れちゃうから」
「トランクの中です…」
「開けるからね」
前々からなんとなく分かっていたけど、セシルは相当朝が弱いらしい。私がセシルのトランクから洋服を出している間も今にも寝てしまいそうで、そのまま寝落ちしないよう何度も何度も名前を呼んだ。
「はい、今日のお洋服。自分で着よ?」
「んー…ねむ…むにゃ」
「わ、分かった分かった!お願いだから寝ないでっ」
もう!どこまで甘ったれなんだ!昨日さんざんセシルに甘えた私が言えた立場でもないけど…とにかく今は時間が迫っている、早く済ませることが先決だ。
「はい、バンザイして」
「ばんざーい」
セシルのTシャツを脱がせるため、裾を掴んで捲り上げた。露わになる褐色の肌と割れた腹筋にときめいてしまっていて、
「セシルくんはまだお休み中でしょうか?」
「寝坊とは感心しませんが…おや、鍵が開いてますね」
「中に入って起こすか?」
「だがしかし…勝手に部屋に入るのは如何なものか」
「えーだって、万が一中で倒れてたりしたら困るじゃん!LINEも返信ないし」
「セッシーのことだから寝ているだけな気がするけどね」
「不用心だなったく…セシルー、起きて…」
外で繰り広げられている会話に、全く気が付かなかったのだ。
「…あ」
「「……」」
部屋のドアを開けたST☆RISHの面々と目が合って、互いに固まる。
こんな時に限って私はルームウェアのパーカーを脱いでしまっていて、上はキャミソール1枚にショートパンツ姿。セシルに至っては上半身裸で、今まさに私に服を着せてもらおうとしている場面で…。
しかも私達の身体はベッドの上だ。
傍から見たら【そういう場面】に見られてもおかしくはない状況…私の額からダラダラと汗が流れる。
「なっ…おっ…!」
「何故っ…星のが…!」
「おやおや、お邪魔みたいだね」
「まっ…!ちょっと待ってみんな!弁解させて!」
「弁解も何もありますか。何をしているんですかあなた達は…!」
真っ赤になる真斗と翔、楽しそうな音也と那月とレン、そしてこめかみをピクピクと動かして今にも(もうすでに)お怒りモードのトキヤ…!
これはまずい!絶対に良からぬ方向に誤解されてる!もちろん悪いのは私なんだけど…!
「せっ、セシル…!寝ぼけてないで一緒に事情説明してよ、昨日のこと…!」
「きのう…」
ようやく少し覚醒してきたのか、セシルは目を擦ってから大きく欠伸をする。そして服を着ないまま(早く着てよ…!)、みんなの方に向き直った。
「旅子…昨日は一晩中すごかったのです(雷が)」
「ぶっ…!」
「ち、違う違う!」
「全然、止まらなくて(雨と風が)…」
「やっ…やめろぉ!」
「違うの!待って!誤解を生む言い方やめてぇぇ」
トキヤの「いい加減にしなさい!」という怒号が部屋に響き渡り、それから私とセシルは正座させられ延々と続くメンバーからのお説教と質問の嵐にクタクタになるのでした。
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