セシルくんと、




「今日はここまでにしておきましょうか」
「そうだな。明日も早い、今日は休むとしよう」
「ハイ!ありがとうございました」

ST☆RISHの単独ライブまで、残り時間も少なくなってきたある日。このタイミングで7人全員でのロケ仕事が入った。遠征先で一泊して明日には東京へ戻る予定だが、どうしてもクロスユニットのダンス練習をしたかったワタシは、夜に部屋を借りて、トキヤとマサトに付き合ってもらっていた。嫌な顔せず協力してくれた二人には、本当に感謝感激雨あられです。

雨あられ、と言えば外はものすごい雨と風、時々鳴る雷。
アグナパレスにいた頃は縁がなかったが、「げりらごうう」と言うらしい、マサトに教えてもらいました。日中はあんなに晴れていたというのに。


もう少しで日付も変わろうとする時間に、練習を終えたワタシたち。明日は移動だけとはいえ、そろそろお肌の為にも眠らないと…というのはトキヤの口癖だ。


「さて、私達は部屋に戻りますが…愛島さんは…」
「ワタシは…ちょっと寄るところがあるので、先に戻っていて下さい」
「そうか。あまり遅くならぬようにな」
「おやすみなさい、愛島さん」
「合点承知之助です!おやすみなさい」



二人と別れ、首にかけたタオルで汗を拭きながら向かうのは自分の部屋ではなく…旅子の部屋だ。

本業は事務所の作曲家だが、時々ワタシたちのロケに同行しマネージャー業のような仕事も兼任している旅子。何を隠そう、彼女は雷が大の苦手だ。部屋で一人で泣いているかもしれません。そう思うといてもたってもいられず、早足で旅子の部屋へと向かった。しかしドアをノックしても外から呼びかけても、旅子からの返事はない。


「んー…眠れたのでしょうか」

心配ではあるが、眠っているのに無理矢理起こすつもりもない。ワタシはその場を去り、自身の部屋の方角へと足を進めた。しかし廊下を歩くと、ワタシの部屋のドアの前に人影が見える。ホテルのスタッフか、誰かでしょうか。



「旅子?」
「あ…セシル…」

驚くことに、その影の主は旅子だった。持参したと思われるもこもこのルームウェアを着て、両腕には枕を抱えている。慌てて駆け寄ると、旅子は申し訳なさそうな表情で、ワタシの顔を見上げた。


「どうしました?」
「こんな夜遅くにごめんね。ちょっと…眠れなくて…」
「雷のせいですか?」

旅子は枕を抱きしめたまま、コクリと小さく頷いた。窓の外から雷が聞こえると、ビクッと肩を揺らす姿は、いつもに増して小さく見えた。普段しっかりしている旅子からは想像が出来ないくらい、その姿は幼い。


「こ、子どもみたいと思ったでしょ…」
「ちょっとだけですよ?」
「ひ、ひどい」
「冗談です。ずっと、待っていたのですか?」
「ごめん、迷惑だよね」
「迷惑なんかじゃありません!とにかく中に入りましょう」


幸い、今日は個室を用意してもらっている。旅子を部屋に招き入れてベッドまで誘導する間も、旅子はずっとワタシの服の裾を握りしめていた。

恥ずかしがることもなく、旅子はすぐさまワタシのベッドに潜り込んだ。よほど今まで不安だったのだろう。シャワーを浴びてくると伝えると、旅子は一人になりたくないと言わんばかりにブンブンと首を横に振った。


「分かりました!では旅子が眠るまでここにいます」
「ごめん、ワガママで…」
「旅子のワガママ、大歓迎です」

まるで猫のように、同じベッドに寝転がって身体を丸めてみると、旅子は少しだけ安心した顔を見せてくれた。時折雷の激しい音が聞こえるが、先程のように震えることはなくなった。


「なんか、安心する」
「良かった。…眠れそうですか?」
「それはまだ…やっぱり、怖くて」

夜なのに目がぱっちりと開いた旅子は、「明日も早いのに…」と不安そうに呟いた。その顔は寝付けない子どもそのもの。いつもは自立した大人びた女性なのに、今見せてくれているのは、あどけない少女の顔だ。


「では、ワタシが子守唄を歌ってあげましょう」
「子守唄?」

旅子の肩をトントンと規則正しいリズムで優しく叩きながら、ワタシは歌を紡ぐ。歌声をじっと聴いていた旅子は「素敵な曲」と言いながら、心地良さそうに目を細めた。


「アグナパレス伝統の子守唄なんです」
「だから…歌詞もアグナパレス語なんだ」

歌詞は全部は恐らく伝わっていないだろう。だけど優しいメロディーに旅子はウトウトしてきたのか、瞳がまどろんできた。「眠って良いですよ」と言えば、そのまま何も言わず頷いて瞳を閉じた。しばらくそのまま歌い続けていると小さな寝息が聞こえる。ワタシは旅子の肩を叩いていた手を止めて、ほっと一息吐く。良かった、眠れたようですね。



「旅子」

呼びかけても返事をしないのを良いことに、旅子の右手をそっと取り、キスを落とす。


「良い夢を見られますように」

願いを込めてそう唱えると、微かに旅子の指がピクリと動き、ワタシの手をキュッと掴んだ。顔を見ても起きる気配はないから、無意識だったのかもしれない。もしアナタのその夢の中に、ワタシも居たら嬉しいのになんて、贅沢なことを思う。夢の中でも、会いたいから。



「…眠くなってきてしまいました」

一日がかりのロケに加え先程のダンス練習の疲労も重なり、急激に瞼が重くなるが、目を擦って必死に耐える。外の雨風の音はすっかり止んでいるが、もう少しだけ、旅子の横についていたい。小さくて細い旅子の指に自分の指を絡めて繋いだまま、幼さの残る旅子の柔らかい頬にそっと口付けた。





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