ひとつ前の恋の話

※社会人パロ
※主人公→トキヤ×春歌←音也


人生に一度の門出、女の子なら誰しもが夢に見る純白のドレス。
大好きな人との、一生の思い出…願わくば私も、あなたと一緒にそれを共有出来たらなんて、夢見ていたのに。



「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。こちら席次表です」


お日柄も良く天候にも恵まれた今日。
都内でも有名な結婚式場で、私は笑顔を貼り付けていた。本当は、心から祝福して楽しみたいお呼ばれの結婚式。だけど今回ばかりはそうもいかなくて。

先月友達の結婚式に着たドレスをまた着て、メイクも髪型も自分でセットした。ネイルなんて今朝慌ててチップだけ貼り付けた。やる気がなくてもとにかく見た目だけは見繕わなくては、と。


「(何が楽しくて、好きな人の結婚式の受付なんてやってるんだか)」


今日の結婚式の主役は、会社の同僚だ。
同期入社の、一ノ瀬くん。
一年後輩の、七海さん。

入社した時からずっと彼のことが好きだった。そりゃめちゃくちゃ格好良いし仕事も出来るし、一ノ瀬くんを狙うライバルは社内にたくさんいた。
それでも同期という強みがあって、それなりに仲良くなって、二人でランチに行ったり飲みに行くのはしょっちゅう。
周りからは「お似合いだね」なんて言われてたし、自分自身でも良い雰囲気かも、なんて自惚れたりもした。

それなのに、一年遅く入ってきた後輩がいとも簡単に一ノ瀬くんを射止めてしまったのだ。


付き合い始めたと聞いた時は何とか踏ん張れたけど、実は二人が同じ大学出身で、一ノ瀬くんはずっと彼女に片思いをしていたのだと知ってしまった時はショックで会社を一日休んだ。

あとは…あぁそうだ。
結婚式の招待状を渡された時。その翌日も適当に理由をつけて休んだっけ。


七海さんはたまたま私と同じ部署に配属されて、私が教育係になって面倒を見ていた。そのおかげで彼女ともそれなりに親しくなってしまって、こうして受付まで頼まれてしまった、という訳だ。


ていうか私に頼むなよ、と思ってしまったけど。
さすがに頼まれたら断る訳にはいかなくて。

そりゃそうだ。彼女は私の気持ちになんてこれっぽっちも気が付いていない。




「それでは、新郎新婦の入場です!」

司会の高らかな声と同時に、大きな扉が開いて二人が現れた。挙式の時も辛かったけど、披露宴も相当だ。なんなのこの苦行は。私が一体今まで何をしたっていうの?

私はとにかく頑張って笑いながら乾いた手の平を叩いた。会場が暗いおかげで、表情が見られないのが心から助かった。


あぁ、格好良いなぁ…一ノ瀬くんのタキシード姿。隣に立つ七海さんも、すごく可愛い。


羨ましいし、恨めしい。
こんな華やかな場で黒い感情ばかり抱く自分が嫌になる。目の前の美味しそうな料理に手を伸ばすも、味なんてほとんどしなかった。

どうすれば私はあそこに立てたんだろう。


ケーキ入刀の演出が始まり、司会者がシャッターチャンスを告げる。周りにならってスマホのカメラを二人に向けた。こっそりズームして、一ノ瀬くんの姿だけを収めて、私はシャッターを押す。


何をしているんだ私は、とふと我に返ってスマホだけ持って会場を出た。もうこれ以上は見ていられなかったから。


適当に言い訳をして、帰ってしまおうか。
それとも披露宴が終わる頃合まで、ここで時間を潰そうか。



うなだれながら、ロビーのソファに座ろうとしたら驚くことに先客がいた。今日ここの式場で挙式をしているのは彼らだけのはず、ということは二人の結婚式の招待客だろう。



「(あ、この人…)」

確か新郎側の受付をしていた人だ。
髪が赤くて華やかな外見から、参列者の中でも一際目立っていたしよく覚えてる。


立ちすくんだ私に気が付いたその青年は、微笑んで私に会釈した。先客がいるなら、と遠慮してその場を去ろうとする私に、彼は「どうぞ」なんて言いながらスペースを空けた。隣に座れってことだろうか。


「ちょっと話しない?」
「……あの、」
「お姉さん、多分俺と一緒だと思うから」


一緒、とはどういう意味だろう。
よく分からないけどこのまま会場に戻るのは嫌だった私は、お言葉に甘えて彼の隣に腰掛ける。
ビールの入ったグラスだけ手に持った彼は、酔った様子もなくまた私に話しかけた。


「だって挙式の時から顔死んでたよ、君」


…まさか、見られていたなんて。
今日会ったばかりの他人の彼に見られてしまうほど、負のオーラが出ていたのだろうか。これは情けない、というか社会人として恥ずかしい。


「でも分かるよ。出来ることなら見たくないよね、好きな子の結婚式なんて」
「…あなたは?」
「トキヤの友達でおんなじ大学出身。お姉さんは七海の友達?」
「いえ、二人の会社の同僚です」
「そっかー」

そこまで話をして、ようやく「俺と一緒」の意味が分かった気がする。多分、この子は七海さんの事が──。


「俺、七海と同級生だったんだけどさ。びっくりしちゃったよね、必死に就活して「トキヤくんと同じ会社に入りたい」なんて言っちゃってさ」
「…それは、」
「んで、ダメもとで告白したけど速攻でフラれた」

切なそうに微笑むその顔に、私まで苦しくなった。


本当に、彼と私は同じだ。変に生まれた仲間意識。初めて話したばかりだというのに、同情までしてしまう。



「告白しただけ、すごいじゃないですか」
「え?」
「私は…そんな勇気すらなかった。それなのに結婚式を欠席することも出来なくて、ただ観客になって二人を眺めているだけなんて」

滑稽ですね、と言いながら自分を笑った。


そうだ。仲間だなんて思ったけど、彼は私とは違う。ちゃんと一歩踏み出して想いを伝えたんじゃない。

傍にいられることに甘えて、何もしなかった私。このままで本当に良いのだろうか。

スマホをぎゅっと握って俯いていると、隣にいた彼が急にすくっと立ち上がった。



「俺さ、決めたんだ!いつか自分の結婚式に二人を呼んで、スピーチで『七海のことがずっと好きだった』って告白して、あいつらに恥かかせてやんの!」
「……」
「壮大な計画っしょ?どうかな?」

今までのしんみりした空気を忘れるほど、彼は楽しそうに笑った。その笑顔に釣られて、私もなんだかこの状況が面白くなった。



「ぷっ…!あははは!何それ最高…!」

お腹を抱えて笑う私。こんなに笑えたのはいつぶりだろう。面白すぎて涙すら出てくる。笑いながら人差し指で自分の目元を拭った。


「けどそれ、新婦からしたら気が気じゃないですよ。自分の旦那さんが突然他の女に告白するんですもの」
「……」
「……?あの、」
「やっと笑ったね」


その言葉に驚いて彼の顔を見上げたら、「良かった」と笑ってくれて…あぁ、励ましてくれてたんだと分かった。そして自分がここ何日もずっと、心から笑えてなかったのだとようやく気が付いたんだ。


「ねぇもう先に帰っちゃわない?」
「え?」
「だって辛いだけでしょ?あの場にいても」


確かにそうだ。
実際ついさっきまでは本気で帰ろうとしていた。
だけど…。


「ありがとう。…けど、私はやっぱり戻ります」


私は今まで逃げてばかりだった。
告白をすることもなく、失恋したからと一ノ瀬くんと七海さんから目を逸らしてばかりで…現実を見ることをずっと避けていた。


けど、このままじゃダメなことに気が付けたんだ。
私、ちゃんと前に進まなきゃって。


「ちゃんと見届けて…自分の気持ちに決着をつけたいなって」
「……」
「次の恋に、進めるように」


じっと彼の目を見つめて、そう宣言する。
少し驚いた顔をしてから、目を細めて笑う彼。


「ははっ!お姉さんは強いね」

その笑顔は眩しいけどどこか辛そうで、その気持ちは痛いほど分かって。
まだ、私も彼も完璧に立ち直れるまでは時間がかかるかもしれない。だけどきっといつか、ちゃんとこの恋から巣立てる日は来るはずだから。



「んじゃ、俺もお姉さんを見習ってちゃんと戻ろうかなっと」
「……うん」
「ありがとう。それじゃね、みょうじなまえさん」
「な、なんで名前…」
「席次表!」

大きく手を振りながら、重い扉を軽々しく開いて彼は自席に戻っていった。それに続き、私も自分の座席へと向かう。同じテーブルに座る同僚に「どうしたの?」なんて聞かれて、適当に笑って誤魔化した。


新婦のお色直しを待つ間、歓談の時間に先程の彼の姿を見つけた。ぱっと目が合って、二人で自然に笑い合った。きっと主役の二人はおろか、誰も私達の存在なんて気にしていないだろうけど、確かに私と彼は一ノ瀬くんと七海さんが好きだった。


いつか「一つ前の恋の話」なんて言って、誰かと笑える日が来るといいな。
そして未だ目が合うあの彼の幸せを、私はただ願った。





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