Witch or Princess

「…っ、あぁー…」

スマホを持ったまま、私はソファに座った状態で天を仰いでうなだれた。もう何度目の絶望か分からない。愉快な音楽が流れる傍ら、スマホの画面には見覚えのあるブロマイドが勢揃いだ。


説明しよう。今私が開いているアプリは、シャイニング事務所の公式ゲームアプリで、もちろん大好きな推し…もとい彼氏も出演している。


半月に一回輪番で回ってくる、UR…ごほん、特別ブロマイドが、今回は真斗の順番で。そのハロウィン限定のブロマイドがどうしても欲しいのだ…!それなのに!来てくれない、中々来てくれない。


気分転換にとSNSを開けば「お迎え出来ました!」の文字とスクショで埋め尽くされていて、それにまた落ち込んで。


「絶対、私が一番好きなのに…」

半泣きになり鼻をぐすっと啜ると、背中からふわりと石鹸の香りが漂った。それにほんのりと温かい空気がする。



「なまえ」
「まーさーとー…」
「どうした、また出なかったのか?」


私が今、どうしても手に入れたい推しが実物大で現れた。

正確に言うと、真斗本人だ。そう私は真斗と恋人という特別な関係で、しかもちゃっかり同棲までしている。ファンの子が知ったらどれだけ羨ましがられるだろう、恨まれるだろう…なんて。


お風呂上がりの真斗は、下はスウェット、上は黒のタンクトップ一枚に首からタオルを提げている。「そんなに薄着だと風邪引いちゃう」と指摘すると、真斗は「風呂上がりで暑いからな」と笑った。こんな無防備な姿、ファンの子には到底想像出来ないだろう。ちょっとだけ優越感だ。


「全然来てくれないの。どうして?」
「お、俺に聞かれてもだな…」
「だって…ぐすっ。こんなに課金もしてるのに…」

今にも涙が零れそうな私の横に、真斗が座った。お風呂上がりだからとっても良い匂いだ。真斗のいつもの湯上りの香り。


「課金…どのくらいだ?」

真斗はアプリをインストールこそしてるけれど、頻繁にプレイはしていないと聞いた。忙しいだろうし、自分が出てくるゲームはそれはそれで気恥ずかしいだろうし、理由は分かる。だからきっと、どのくらいこの限定ブロマイドをゲットするのが大変か想像が難しいのかもしれない。


「い、石を…」
「石?」
「3000個、ほど…」
「む…それは多いのか、少ないのか?」
「結構な金額、かと思います…」

自分がはたいた金額を実感し、また肩を落とした。落ち込む私を見て、真斗は「よしよし」と頭を撫でて慰めてくれるから、それが嬉しくって彼の肩に頭を寄せた。


本人がこんな風に隣に居てくれるのならば、ブロマイドなんてゲット出来なくても良いって思う?

それとこれとは話が別だ!今回のブロマイドは絶対、絶対に欲しいの!だってかっこいいんだもん!

ハロウィンの衣装を身に纏った真斗は、特別な髪型と称して前髪をオールバックにしているのだ。露になった額と、いつもは隠れがちのキリッとした眉がとんでもなく素敵で。衝撃的なビジュアルに、初めて公開された時はスマホをぶん投げようと思ったくらいだ。



「そこまで入れこまなくても、なまえの目の前には俺がいるだろう」
「そうだけど!違うの!絶対欲しいの」


顔をばっと上げた私の熱量に、真斗はたじろいだ。ちょっと引かれたかと思い、「ごめん」と謝ると、優しい表情で首を横に振ってくれる。好き。かっこいい。何度でも言っちゃう。それでもブロマイドは欲しい。


「だって真斗、普段あまり前髪上げないでしょう?」


そう、真斗のオールバックは本当にレアで。一緒に住んでいる私ですら、ほとんど見たことがないのだ。ライブや雑誌でのヘアアレンジも耳かけくらいだし、それはそれで好きなんだけどね。


「髪が直毛だからな。セットしても落ちてしてしまうんだ」
「似合うのに。見たい見たい!ね、今上げてみて!」
「こーら」

真斗の濡れた前髪に手を伸ばしたら、笑いながらその手をやんわりと掴まれてしまった。ガード固いよ、むう!


頬を膨らましながら、私はスマホへと向き直った。まだ石は300個ある…もう一回だけ引ける、よし!と意気込んでいるところで真斗が私のスマホ画面を覗き込んだ。


「一度、俺に引かせてくれないか?」
「え?真斗が?」
「引く人間が変わると、意外と出るかもしれないぞ」
「た、確かに」


スマホを横向きにしたまま手渡すと、真斗が「ここをタップするんだな?」と確認する。頷いてから私は空いた手を組んで、どうか願いが叶いますようにと念を送った。二人でじーっと画面を見つめて…真斗の指が中央をゆっくりとタップした。







「…っ、ああああ!!」

そして煌めいたのは、虹色の星。それを見た瞬間ドクドクと心臓が鳴って、そして真斗の限定ボイスが流れた。



「やったぁぁ!!嬉しいっ!真斗ありがとう!!」


ついに念願のブロマイドをお迎え出来た嬉しさに、勢い良く真斗に抱き着いた。私を受け止めて、そしてぎゅっとしてくれる逞しい二の腕が愛おしい。離れるのは惜しかったけれど、今はとにかくゲット出来たブロマイドを拝みたい。すぐに真斗から離れて、スマホ越しの彼をじーっと凝視した。真斗が少しだけ不服そうな顔をしたのが見えて心の中で謝るけれど、今の私はそれどころではなかったのだ。

うん、やっぱりめちゃくちゃかっこいい!


「ふへぇ、幸せー」

顔が思わずにやけてしまう。ずっと欲しかったものが手に入るのって、こんなに嬉しいんだ。浮かれたあまり鼻歌を歌いながらホーム画面に戻った。もちろん鼻歌の曲はBLOODY SHADOWSだ。



「なまえが満足ならば何よりだ」
「えへへ」
「だが…こうもゲームに夢中になられるのは、少し妬けるな」


画面から顔を上げたと同時に、私の肩を回って真斗の手がスマホを取り上げた。「あっ!私のシャニライちゃん!」と言う間に、スマホをテーブルの端に寄せられてしまった。私の位置からは手が届かない。


「まさとー」
「ん?」
「スマホ返して?サイドストーリー読みたいの」
「嫌だぞ」
「えー…お願い」


眉を下げて、真斗が苦手であろう表情をして見せるけど、真斗は首を横に振った。


「どうすればちゃんと生身の俺を見てくれるのだろうと思ってな」
「す、拗ねないでよ。ちゃんと見てるよ、いつも」
「これならば、どうだ?」



すると真斗が自分の右手を額に当てた。前髪を掴んでそのまま上にぐっとあげる。

まるでブロマイドのように…前髪を上げた姿に心臓が鷲掴みにされ、ドキドキと鼓動が早くなる。ううん、


髪からわずかに滴る水滴に、挑発するように見下ろす表情。タンクトップから覗く胸板と二の腕。ううん、ブロマイドなんかよりずっとずっとかっこいい。それにセクシーだ。胸が締め付けられてどうにかなってしまいそう。



「…ま、真斗」

大好きなその名を呼んだ瞬間、背中がソファに沈んだ。リビングの蛍光灯に影がかかって、私の視界は真斗で埋め尽くされる。まるで魔法がかかったように動かない私の腕の上を這うように真斗の指が滑って、そのまま手のひらに届く。ゆっくりと、じっくりと絡んだ二人の指は…まるでこれからの行為を連想させるようで。



「それでは頂こうとしよう。…俺だけの姫を」


薄く笑った真斗が、舌で自身の唇を舐めた。そして長い指が私のパジャマのボタンをひとつずつ外していく。ナイトブラが露になって、胸元に歯を立てられた瞬間、身体も心もぞくっと震えてしまう。



「(言わなくったって、あなただけのものなのに)」


それはまるで吸血鬼のように、素肌に勢い良く吸い付かれる。短い矯声をあげながらも、抵抗なんてしない。そのままハロウィンの不気味な夜に身を委ね、全身を彼色に染められてしまうのであった。



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