【美しいひと】


「それでは今日はよろしくお願いします!」
「お願いします!」


いよいよやってきたCM撮影の日。CM監督や関係者の方々に一通り挨拶を終えて、準備されたセットを確認する。

お茶のCMということもあり、用意されたのは素敵な和室のセット。畳の匂いが心地良い。京都にあるお屋敷のイメージだそうで、景色は後から合成されるみたい。会社に入ってから、おそらく今までで一番大きな仕事…うう、やっぱり緊張するな。しっかりしないと。




「聖川さん入られまーす!」


胸に手を当てて大きく深呼吸していると、スタッフの大きな声が聞こえてどくんと胸が鳴った。周りの方に合わせて私も、慌ててスタジオの入口を振り返った。



「よろしくお願いします」

挨拶が飛び交う中、聖川さんがスタジオにやって来た。衣装である紺色の浴衣を着ていて──その姿があまりにも似合いすぎていて。


「櫻井さん、今日はよろしくお願いします」
「あっ…はい!こちらこそお願いします」


監督やスタッフに挨拶をした後、私に声をかけてくれた聖川さん。間近で見ると、あの…ますます格好良い。直視するともっとドキドキしちゃいそうで、少しだけ目線を外したら、緊張しますね、なんて気遣ってくれた。


「聖川さーん、こっちで打ち合わせいいですか?櫻井さんも来てください!」
「は、はい!」






───



「そしたらここで目線を上げてもらって、」
「はい」


撮影の最終確認。二人で並んでCM監督の説明に耳を傾ける。私は必死に台本にメモを取りながら、念入りに撮影のイメージを膨らませた。


「表情はどう言った感じで?」
「そうだね、聖川君に任せようかな」
「分かりました」

ふと、横に座る聖川さんがそう話をしながら自分の髪を右耳にかけた。多分、癖なんだろうけどその仕草がまた色っぽくてドキッとしてしまった。

…て、私なんで聖川さんのことばかり見てるんだろう。集中集中…!


「櫻井さんからは何かある?」
「いえ、大丈夫です」
「よし、それじゃ撮影しようか」


監督の言葉にすくっと立ち上がる。小さく深呼吸をしてセットヘ向かう聖川さんにこっそり、彼にしか聞こえないくらいの声で呼びかけた。


「聖川さん、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」

…私なんかが頑張って下さいって言うのもおこがましかったかな。

それでもしっかり頷いてくれた聖川さんを見送って、私はセットの外で撮影の様子を見守った。緊張で手が震えて、誤魔化すように両腕で抱えた台本をぎゅって握った。



「それではリハーサル行きまーす!」


監督の声かけと同時に、ざわついていた現場が一瞬で静まり返った。


前を見据えていた聖川さんの目の色が変わる。その切り替えの早さは素人の私でも分かるくらいで、すごいと思った、純粋に。こんなに若いのに、やっぱりプロなんだなって実感した。



静寂の中、聖川さんが畳の上に正座し、急須でお茶を入れる。
それをそっと口に含んで瞳を閉じてから、ゆっくりと目線を上げる。



「(…綺麗)」


まるでそこだけ違う世界のよう。
そのくらい、聖川さんに引き込まれてしまっている。


何てことないその仕草なのに、ひとつひとつが本当に綺麗で…

男の人に言うのは失礼かもしれないけれど、
美しい人だと、思ってしまった。





「…何見とれてんのよ!」
「いたっ」

じぃーっと聖川さんの顔ばかり見つめていたら、隣に立つ先輩に肘で小突かれてしまった。


「まぁめちゃくちゃ格好良いよね。こりゃ売れるぞー!売上アップでボーナスアップ!給料もアップ間違いなしね!」
「ははは…」


ニヤニヤする先輩に苦笑いしながら、もう一度撮影の様子を見ると真剣に監督と打ち合わせをしている姿があった。真剣でまっすぐなその青い瞳が、本当に綺麗だと思ってしまう。…って!また聖川さんのこと見てるよ、私。


頬を軽く抑えて一息する。

すごいなぁ、やっぱりアイドルって人を魅了する力がある。今まではいまいち、ぴんと来なかったけど、アイドルを見てきゃーきゃー言う女の子の気持ちが少し分かった気がする。



「櫻井さーん、映像チェックお願いします!」
「は、はーい!」


そんな事を考えていたらスタッフさんから呼ばれる。そうだ、まだ撮影中なんだからしっかりしないと。

言われた通り映像の最終チェックをするため、急ぎ足で声のする方へ向かった。



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