【出逢いの時】


通された会議室で、タレントさんとマネージャーさんの到着を待つ。

雑誌の撮影に入っているようで、少しだけ時間が押しているらしい。やっぱり忙しい方なんだなと思いながら資料を取り出して、何度も確認を繰り返した。



「櫻井さん、もしかして緊張してる?」
「すみません…主担当で説明するのが初めてなもので」
「平気よー。優しそうなタレントさんだしちゃんと話聞いてくれるって」
「そうでしょうか…」


特別人見知りをする方ではないけれど、それでも初めてお会いするとなると多少緊張はする。しかも相手が芸能人で、超人気アイドルともなれば尚更。

しっかりしないと…そう思いながら大きく深呼吸をしている最中にコンコン、とドアをノックする音が聞こえて急いで立ち上がった。



「すみません!お待たせ致しました」

慌てた様子で部屋に入ってきたマネージャーさん、そして後ろに続く彼の姿を見て、さらに緊張が高まり、心臓の鼓動が速くなるのが分かった。

そう、彼が今回CM出演をお願いする方──今をときめく超人気アイドル。




「聖川真斗です。よろしくお願いします」

「はじめまして。ST社の櫻井七瀬と申します」


常に持ち歩いている名刺入れから、名刺を一枚出して彼に差し出した。情けないけど、緊張で手が震えていたと思う。それをそっと受け取った彼は、丁寧に頭を下げた。

「頂戴します」


私よりも若いだろうに、礼儀正しくてしっかりした人…纏う空気が清らかで凛としている。彼の第一印象はそんな感じだった。


聖川さんとマネージャーさんが正面の椅子に腰かけたのを確認してから、私も同じように座った。



「先日はオファーを受けて下さりありがとうございました」
「いえ。ソロのCM出演なんて大きな仕事、こちらとしてもありがたいですから」


隣で先輩とマネージャーさんが会話している間に、私は資料を準備する。
段取りは頭の中で何度も練習した。よし!と心の中で気合を入れて、資料をテーブルに並べていく。


「本日はCM契約の書類をお持ちしました。順を追って説明させていただきます」







――
―――



「ではこちらの契約書にサインをお願いします」

一通り説明を終えたあとに、書類とペンをテーブルに置く。


彼はスラスラとペンを走らせた。
伏せた目がすごく綺麗で、睫毛が影を作っている。あ…字もすごく綺麗。習字とかやってたのかな。

ペンを持つ手も白く透き通っていて。芸能人てこんなに格好良いものなのかしら…。



「あの、何か」
「い…いえ!何でもありません!」


ちらりと視線を上げて私の顔を見た聖川さんと、目が合う。いけない、いけない。格好良くてつい見惚れてしまった。

どうぞ、と言って契約書を私の向きに揃えてくれる。なんというか、所作がいちいち綺麗だ。それに丁寧。聖川さんの詳しいプロフィールは知らなかったけど、確か育ちが良いんだっけ、先輩が言っていた。うん、分かる。そんな感じがする。


もらった書類を確認出来たら、ほっとして少し肩の力が抜けた。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「精一杯務めます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」


わざわざ立ち上がってお辞儀をしてくれた彼に、私も慌てて立ち上がりぺこりと頭を下げた。そんな緊張しなくてもー、と先輩とマネージャーさんが笑ってくれたら、聖川さんもようやく少し微笑んで、リラックスしてくれたようだった。



「それでは続いて撮影のスケジュールですが…再来週の金曜日でよろしかったでしょうか」
「はい、空けております」

手帳を見ながらマネージャーさんが頷く。それからすでに作成したCMの簡単な台本を手渡した。


「当日は室内のセットでの撮影ですが、京都の街並みと和室をイメージしたもので…」


真剣に私の話に耳を傾けてくれる聖川さんの対応が嬉しくて、緊張もかなり和らいだ。



こうして無事に終了した打ち合わせ。
事務所を出た時にどっと疲れが出た気がするけど、何とか終わってよかった。


聖川さんが出演してくれるCM、どんな感じになるんだろう。きっと素敵だろうな。うん、絶対そうだ。


大変な仕事のはずなのに、不思議と撮影の日が楽しみで仕方なくなった。よし、頑張ろう!



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