【思い出すは】


「最近好きな女の子でも出来た?」
「…っ!ごほっ!ごほっ…」


それはある日、何事もない普通の楽屋での出来事だった。

前触れもなく突然の神宮寺の言葉。
タイミングが良いのかそれとも図ったのか、今は俺と奴の二人きりだ。


「な、何だ突然!」

あまりにも予想出来なかった言葉に、飲んでいたペットボトルの緑茶でむせてしまった。胸を抑えて神宮寺を睨むと、奴は意外にも驚いた表情をしていた。


「え?まさか図星?半分冗談のつもりだったんだけど…」
「お、俺は何も」

そうだ何もない。そもそもアイドルは恋愛など御法度。自然に浮かんだ顔が櫻井さんだったなど、それはただの偶然だ。そうだ、CMに出た緑茶が楽屋に差し入れされていて、たった今それを飲んでいたからだ。うむ。


「へぇ、櫻井さんって言うんだ」
「なっ…!」
「今の独り言ダダ漏れ。本当分かりやすいよお前は」

そうか、ついに聖川にねー…と顔のニヤつきを隠すように口元を手で隠す仕草が憎たらしい。…こうなるとこいつは面倒だ。だからなるべく櫻井さんの存在を神宮寺には知られたくなかった、のだが。


「作詞の方向性が随分変わったからね。こんなリアルなラブソングなんて、今までのお前なら書かなかったろう」
「別に彼女は、その…たまに食事をしている程度で、そう…友人のようなものだ」
「立派にデートだと思うけどそれ」
「違う!お前と一緒にするな!」
「世界がどうなろうとお前がいればそれでいい…だなんて、ロマンチックだねぇ」
「歌詞を音読す る な !」


先程渡した俺のソロシングルの歌詞カードをヒラヒラとさせる神宮寺はこの上なく楽しそうだ。まるでお気に入りの玩具を見つけた子供のように。面倒臭い面倒臭い。こうなるのならば渡さなければ良かった…くっ…。


「ねぇその子可愛い?今度紹介してよ」
「誰がするか」

数分前の自分にすら後悔している俺に、神宮寺はしつこく櫻井さんのことを聞いてきた。頑なに口を閉じる俺と、めげずにつきまとう神宮寺。結局は根負けし、出会った経緯などを話す羽目になってしまった訳だが。



『妬きました、少し』

「(…そういえば)」

「何?まだ何か面白い話あった?」


自然と思い出されたのは、先日の櫻井さんとのやり取りだった。あの後、逃げるように事務所から出て行ってしまった櫻井さん。しかしあの日以降もいつもと変わらずやり取りが続けられているから、彼女にとっては特段問題でもなかったのだろう。

気になるのはあの時の自分の感情だ。自然と出た自分のあの言葉が、何となく胸に引っかかったままだった。

神宮寺に話せば答えが得られるだろうか。そう思い話してみたは良かったのだが。



「…お前って本当に馬鹿だね」
「何だと?」
「これはその七瀬ちゃん?も気の毒かな」


俺の話をしばらくじっと聞いていた神宮寺だが、すぐに心底呆れた様子で肩を竦めた。馬鹿呼ばわりされるのも腹が立つがそれ以前に、何故お前はそうすぐに…。


「気安く名前で呼ばないでくれるか」
「ほら、そのムッとした顔」
「…む」

指摘されて初めて自分の眉間に皺が寄っていた事に気付く。これ以上からかわれるのは悔しく、席を立って着替えるべく、ハンガーにかけられた衣装に手を伸ばした。


「お前もそろそろ撮影の順番だろう。早く準備しないと遅れるぞ」
「告白しちゃえば良いのに」
「何を言う。仕事上の関わりもある、俺と特別親しい関係になったら彼女も迷惑だろう」
「……」
「何だ神宮寺」
「本当に、そう思ってる?」


今までふざけたの様子だったのに、突然真剣なトーンに変わったのが気になり、未だ椅子に座る神宮寺に目をやる。


「なんかさ」

テーブルに肘を乗せ、手を組んだ神宮寺は、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。突き刺すような視線に、少しばかし動揺する自分がいた。



「自分で気持ちを押し殺してるように見える」
「え?」
「まるで好きになったらいけない、みたいに」
「……」


遠くから一十木達の声が聞こえた。撮影が終わり、楽屋に戻る途中なのだろうと、変に冷静になる。


「…そんなことは」
「お前は昔からそう。もう良い大人だ、少しは自分の気持ちに素直になりなよ」

まぁ大方、理由は察しがつくけど。
神宮寺はそう言って、ペットボトルに口をつけた。一口飲んだ後に、「あぁ、これ美味しいね」など呑気なことを言って。


「ねぇ聖川」
「何だ?」
「彼女が笑うと、嬉しい?」
「…あぁ」
「別れ際もっと一緒に居たいと思うかい?」
「そう、だな」
「ならもう答えは出ているじゃないか」


神宮寺がようやく椅子から立ち上がり、俺の横で着替え始める。同時に、楽屋のドアが開いた音がした。


「それは恋だよ」
「お待たせー!次、マサとレンの番だよー」

一十木が楽屋に戻って来た為、神宮寺との話はそこで終わってしまった。


それからずっと、神宮寺の言葉が頭に残ったままだった。明確な答えをもらったような、そうでないような。ただ、そんな時にも自然と浮かんだのは櫻井さんの笑った顔だった。





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