【撮影終了後】


「それでは終了です!また第3弾でお会いしましょう!」


CM監督のその声にどっと笑いが溢れる。今日はこの後打ち上げも特になさそうだし…会社からは直帰の許可が下りている。 今日のところは本当に帰ろうかな。

第3弾かぁ…本当にあればいいけれど、もしかしたらもう二度と聖川さんにも会えないかもしれない。どうしよう、絆創膏のお礼…もう一回ちゃんとした方が、良いよね。
撮影前のあのシーンを思い出し、きゅ、と自分の指を握った。


顔を上げて聖川さんを探すと、スタジオ内に姿は見えない。近くにいたスタッフさんに声をかけて聞いてみると、早々に控え室に戻ってしまったとのこと。「確かこの後、CMの声入れじゃなかったかな」なんて言葉を聞いて、小さく落ち込む。そっか…忙しいもんね。さすがに控え室にまで行くのは、迷惑だよね。



小さく肩を落とした私は、とぼとぼとスタジオを出て廊下を歩く。今日は何か外で美味しいものでも食べて帰ろうかな、なんて考えて通路を曲がると人影が見えて咄嗟に立ち止まった。



「あっ…!聖川さん!」
「櫻井さん」

鉢合わせたのはすでに私服に着替えていた聖川さんだった。まさか会えると思わずすぐに姿勢を正す。


「今日もお疲れ様でした」

私が何を言うより先に、聖川さんが丁寧に挨拶をしてくれる。私もすぐにお疲れ様です、と頭を下げた。

それと同時に思い出すのは、指の絆創膏のこと。何てお礼を言えば良いんだろう…改めて思い出すと恥ずかしくなる。だけどやっぱり何も言わずに帰るのも、お礼をしないのも嫌だと思った。


「聖川さん…あの、今日は本当にありがとうございました。絆創膏まで頂いてしまって…」
「いえ、そんな…」
「あの、是非お礼をしたくて…もしよろしければ、なんですけどこの後お時間ありますか?」
「お気になさらずに…礼など結構ですよ」
「けど、」

そう言ったら聖川さんは少しだけ眉を下げた。そうだ、この後お仕事が入ってるって聞いたばかりだった。私ってば、自分の立場も考えずに何て身勝手な事を言ってるんだろう。


「な、なんて!ごめんなさい…この後声入れのお仕事ですよね?すみません、忘れてくださ──」
「すぐに!」

踵を返して帰ろうとしたところで、聖川さんが食い気味に私の言葉を遮った。少しだけ驚いて瞬きを繰り返していると、聖川さんは言葉を続けた。


「……すぐに、終わると聞いています。いえ、終わらせます」
「聖川さ…」
「少しだけ、待っていてもらえないでしょうか。俺の方もその、今日の詫びをしたいと思っていたので」



私の薬指に、まっすぐ皺なく貼られた絆創膏。
聖川さんがお詫びをする事なんて、何もないはず。その、指を咥えたことについては…出来れば恥ずかしいから触れないでもらいたいな、という言葉は一応胸にしまっておいた。
きっと聖川さんは真面目な人で、そのことを気にしているんだろう。

思い出してまた熱くなった指を握る。



「…分かりました。では、ロビーで待ってますね」


そう言ったら聖川さんは安心したように微笑んで、では、と言って走って行った。





彼の後ろ姿を見送ってから、私は一人、近くにあった自販機に小銭を入れる。

紙カップに注がれるカフェオレをぼーっと眺めながらまた、穏やかに微笑む聖川さんの姿を思い浮かべてしまう。



「(…誘ってしまった)」

実は、内心すごく緊張していた。でも聖川さんは、優しく受け入れてくれた。嬉しい、今ならすごく素直にそう思えた。


温かいカフェオレを持ったまま私は、ロビーのソファに一人腰かける。夜という時間のせいもあるのか、スタジオを出入りする人の影はほとんど見えず静かだ。


大好きな甘いカフェオレがたっぷり入った紙カップを口に運んだ。ふわりとただよう良い香りが、今日一日の疲れを癒してくれる。カップを横のテーブルに置いてから、鞄の中からいつも持ち歩いている読みかけの文庫本を取り出した。


お気に入りの、青い花の栞が挟んであるページを開いて、文字を追う。聖川さん、早く来ないかな。




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