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紗矢ちゃんと友ちゃんとお買い物したあの日以降、真斗と連絡も取り合っていたけれど結局スケジュールが合わず、12月29日を迎えてしまった。
真斗は今日、予定通り一日お仕事だと聞いている。終わるのは夜遅いみたいで、残念ながら電話をかける時間もなさそうだ。うん、仕方ないよね…。そう自分を納得させて、朝一番でメッセージだけ送っておいた。
暇を持て余した私は、少し早めの大掃除をして一日を潰した。それはそれで時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか夜ご飯の準備をする時間になっていた。
「…うん、美味しい!」
自画自賛してしまうくらい上手に出来た肉じゃが。もぐもぐと食事を進めても、考えるのは真斗の事ばかり。
今日、終わるの何時なんだろう。夜ご飯はちゃんと食べてるのかな。もしかすると忙しくて食事の時間すら取れてないかも…。
鍋に残る肉じゃがを見て、ふと思い立ちそれをタッパーに詰めた。着替えてメイクを直し、コートを羽織って時刻を確認する。時計はすでに夜10時を指していた。
仕事が終わったら連絡する、と言ってくれた真斗からの連絡はまだない。ということはまだ仕事中なのだろう。
「やっぱり迷惑、かな…」
ここまで準備しておいて、今更ながら不安になる。だけど本当はやっぱり、一目だけでも顔が見たい。そしてちゃんと、おめでとうって直接伝えたい。
意を決した私は誕生日プレゼントとタッパーに詰めた肉じゃがを持って、寒さ厳しい冬の夜の闇に飛び出した。
─────
歌番組のリハーサルを終えて、タクシーに乗り込んだ。今日の夜は一段と冷えている。
アイドルという仕事を始めてから毎年目まぐるしく迎えている年末年始だが、今年も例外ではなかった。
莉子に連絡を入れようと、コートのポケットからスマホを取り出す。12月29日を表示する画面を見ると、改めて今日が自分の誕生日であった事に気付く。時刻は既に23時半を過ぎていた。
「(さすがにもう、寝ているだろうか)」
仕事とは言え、自分の誕生日当日に愛する者に会えないのは予想以上にきついものがあった。情けなくも一日ずっと想うのは莉子の事ばかりだった。俺もまだまだ、修行が足りないのかもしれん。
莉子にメッセージだけ送ろうとアプリを開くが、やはりどうしても声が聞きたくなってしまい、莉子の番号に電話をかけてみる。
出ないのならそれで良い──そう思っていたが、
「…もしもし?真斗?」
ワンコールですぐに莉子が電話に出る。
まだ起きていたことに少し驚きつつも、ようやく聞けた莉子の声に安堵している自分がいた。
「遅い時間にすまない。大丈夫だったか?」
「う、うん!大丈夫、全然大丈夫!真斗はお仕事終わったの?」
「あぁ、今ちょうど帰るところだ」
タクシーの窓から、夜の街並みを眺める。自宅のマンションまで時間にしてあと5分というところだろうか。
「莉子…今、外にいるのか?」
ふと、電話越し車が走る音が聞こえたのが気になった。家の中のような静けさは感じられず違和感を覚えた。
「あー…うん…えっと、」
歯切れの悪い莉子の返答を聞いて、一つの考えが浮かぶ。まさかこの冬の寒空の下にいるとは考え難かったが、それでも莉子なら有り得ると思ってしまった。
「すみません!少し急いで下さい!」
莉子との通話を一旦終了し、タクシーの運転手にそう告げた。
そのせいか、思っていたよりも早く到着する。マンションから少し離れた所に止めてもらい、慌ててタクシーから降りた。
小走りでマンションまで向かうと、入口近くに人影が見える。
両手に息を吹きかけながら寒さを凌いでいる、小さな姿。
「莉子!!」
その名を呼ぶと、莉子がパッとこちらを振り向いた。頬は赤く染まり、吐く息も白くなっている。
「真斗…!」
急いで莉子に駆け寄り、頬に手を当てると氷のように冷え切っている。数時間前からいたのだろうか…身体も小さく震えていた。
「冷えただろう…ずっと待っていたのか?」
「ず、ずっとじゃないよ!ついさっき来たばっかりで」
つい先程外に出た自分の吐く息ですら白い。この気温で外で待つのは相当辛かったろう。だが莉子はそんな素振りも見せず、「お仕事遅くまでお疲れさま」と笑う。そんな健気な姿に胸が締めつけられ、堪らずきつく抱き締めた。冷たい身体が少しでも暖まるようにと、力を込める。
「あまり心配をかけるな」
「ごめん、なさい」
「いや、謝らなくて良い。俺の方こそ、待たせてすまなかった」
莉子の小さな腕が俺の腰にゆっくり回った。僅かな力だが、確かに抱き締めてくれていることが分かり、愛しさが込み上げる。
「ごめんね…迷惑かもって思ったけど、どうしても会いたくなっちゃった」
「迷惑などあるか。会いに来てくれて嬉しい」
「うん…真斗」
顔を上げた莉子と目が合う。
寒さで赤くなった顔が、幸せそうに緩んだ。
「お誕生日おめでとう。ちゃんと、当日に言えて良かった」
ちらりと腕時計に目をやると、11時50分。
間もなく、今日が終わろうとしているところだった。
「…ありがとう」
今日会えることは半ば諦めていたが、やはり誕生日当日に聞く「おめでとう」は格別だった。
「とにかく中に入ろう。泊まっていくと良い」
「だ、大丈夫だよ!そんな急に迷惑だし、もう夜遅いし…」
「夜遅いのなら尚更だ。ほら、早く」
はじめは遠慮がちだった莉子だが、マンションのエレベーターに乗り込んだ瞬間、甘えたように俺の腕に擦り寄る。その仕草が愛しくて、頭ごと抱えるように抱き寄せてから、額にそっとキスを落とした。
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