動き出した恋
「オーダーお願いします!生3つ、梅酒ロック1つ、ジンライム1つ…」
今日も大学の講義終わりにアルバイト。
週末よりいくらか空いている、火曜日の夜。
時間は夜10時を回った頃、カランカランとお店のドアが開く音がした。
「いらっしゃいま…あぁ、こんばんは!今日は一人?」
入口から店長の声がする。新規のお客様かな、と思い一人分のお冷とおしぼりを持って、カウンター席へ向かった。
「いらっしゃいま、」
「こんばんは、賀喜さん」
「おとっ…!」
なんとカウンター席に座っていたのは、音にいだった。驚いてその場に立ちすくんでいると、レモンサワーちょうだい、と可愛らしく言ってくるからまたドキドキしてしまう。
この間のこともあって、私はなんとなく気まずいと思ってるけど、この様子だと音にいは全く気にしていないようだ。
「今日はお一人なんですね」
「うん。今日は賀喜さんに会いに来たんだ」
「れっ、レモンサワー持ってきます…!」
顔が赤くなっているのをバレないように、駆け足でその場を去る。もう、なんなの。そうやって喜ばせることばかり言うんだから。
涼花ちゃん大丈夫?と言いながら、キッチンの人がレモンサワーを出してくれた。それとお通しをトレーに乗せて、音にいの元へ向かう。
「はい!レモンサワーです!」
「わっ、なんか力入ってない?」
「気のせいです!」
必死に恥ずかしさを隠していたら、勢いよくグラスを置いてしまった。中身、零れなくて良かった。
いただきまーす、と嬉しそうに勢いよくレモンサワーを喉に流し込む音にいをじっと見つめる。あの頃は、こんな風にお酒を飲む音にいなんて想像出来なかったけど、不思議なものだ。
音にいがグラスをテーブルに置く。
じっと見つめられて何事かと思っていると、音にいが口を開いた。
「…元気だった?」
「えっ…」
「11年振りだね、涼花」
そのセリフに、思わず目を見開く。
音にい、気付いてくれたんだ。
そして音にいは、自分の鞄の中からピンク色のパスケースを取り出した。
「あっ!それ私の…」
「うん、この間ぶつかった時に。それでね、中身見ちゃったんだ」
「えぇっ!中身見たの!?」
「ごめん!悪いかなと思ったんだけどさ」
あのパスケースには、私の大切な宝物が入っている。
音にいと昔二人で撮った写真。
もしかしてあれを見られたってこと…!?
そ、それは恥ずかしすぎる。
でも今は、音にいが私のことを覚えててくれた嬉しさの方が大きいかもしれない。
カウンター越しに、パスケースを手渡してくれる音にい。私は受け取ったそれを、ぎゅっと手で握りしめた。
「気付くの遅いよ音にいっ…!」
「ごめんね。でも会えて嬉しい」
「私も、だよ」
涙で目が潤む。ようやく、本当の意味で再会出来た。11年振りに、音にいに会えたんだ。
「はじめ、名字が違ったから中々気がつかなかったんだ」
そうか。そういえば私、施設の頃はずっと前の名字だったっけ。
「福岡に移り住んでから少しして、両親が離婚したの。賀喜は母親の旧姓なんだ」
「そっか、色々大変だったんだね」
「ううん、全然。音にいも夢、叶えてすごいね」
「うん、涼花との大切な約束だったから」
小さな頃と同じように、小指を立てた手を差し出す音にい。私も真似をしてその指に自分の小指を絡ませた。
二人で同時に吹き出す。久しぶりに絡めた小指は、小さな頃よりずっと大きかった。
───
「ごちそうさまでした!」
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「うん、明日も仕事だから。あ、支払いカードで良い?」
「かしこまりました」
「もー、なんか他人行儀だなぁ」
「仕事中、ですから」
あの後お店も忙しくなり、結局音にいとゆっくり話す時間はなかった。
仕事中なのに言うのもなんだけど、名残惜しい。
また…会えるのかな。
「今度ゆっくり外で会って話そうよ」
「えっ?」
「俺の連絡先書いたメモ、入れといたから」
さっきのパスケースに。そう言ってニカッと笑った音にいは、昔の音にいと同じ笑顔だった。まるで私がまた会いたいと思っているのに気付いてるみたいで、さらに恥ずかしくなる。
ていうか、音にいってばいつの間に…!
「じゃあまたね!涼花」
手を振ってお店を出ていく音にいをギリギリまで見送る。嬉しくて顔のにやけを抑えられそうにない。どうしよう。
とりあえずもらった連絡先をどうしようか…と考えながらキッチンへ戻ると、ニヤニヤと笑う店長と同僚と目が合ってしまって、ちょっぴり気まずかった。
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