ふと君を思い出す
施設で生活していた頃、特に仲良くしていた女の子がいた。
年が近い事もあり、気が合っていつも一緒にいた。
俺の一つ年下の彼女は、よく音にい音にい、と言って俺の後ろに付いてきたものだ。
「なんで!?なんで涼花が出て行っちゃうの!?」
「落ち着いて音也。涼花ちゃんはね、パパとママのお家に戻るのよ」
「じゃあもう会えないの…?」
「そんなことないわ、またどこかで会えるわよ」
音也の方がお兄ちゃんなんだから。
寮母さんにそう言われて、当日は溢れそうな涙を子供なりに必死に我慢したのを今でもよく覚えている。
「音にいっ…やだっ…」
別れの日…泣きながら両親の車に乗せられ、施設を離れていく涼花を必死に追い掛けた。
「涼花っ!また絶対会おうね!またどこかで、会おうね!」
「うんっ!音にい、わたし、音にいのこと忘れないよ!」
見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた涼花。最後まで、ずっと泣き続けた涼花と、必死に涙を我慢して笑い続けた俺。
小さな頃の、大切な思い出。
───
「音也君?」
「…ん?」
「どうかしましたか?」
俺の部屋で一緒に曲の打ち合わせをしていた春歌が、声をかける。
「…ううん!なんでもないよ!ちょっと考え事してて」
「そうですか」
もう遅いし、終わりにしましょうか。
春歌の言葉で今日の所は解散となった。
春歌を見送った後、俺はベッドに横たわり、また涼花のことを考えてしまう。
大人になってからも、何度か施設には足を運んでいる。
その度に涼花は今どうしているのか、何か連絡はないか寮母さんに聞くが、寮母さんも何も知らないみたいだった。
「ウチを出て行って福岡の両親に引き取られた後、全く連絡ないのよ。音也みたいに施設にも顔を出さないし…」
どこかで元気にやっているといいけど…寮母さんも毎回残念そうな顔をしてそう答えていた。
涼花と離れてから11年。
俺はST☆RISHとしてデビューして、アイドルになるという涼花との約束を果たした。しかし、彼女は未だにどこにいるか分からなかった。
「あー!明日の台本読まなくちゃ、」
勢いよくベッドから起き上がり、鞄の中を探り台本を探す。
すると、身に覚えのないものが中に入っていた。
「あれ、なんだコレ…俺のじゃないよね…」
荷物に紛れていた、身に覚えのないピンク色のパスケースを手に取る。
あ、もしかして…!
昨日居酒屋の前で賀喜さんとぶつかった時!
荷物をぶちまけた時に、紛れ込んでしまったのだろう。
「…ごめん!中身確認するね!」
誰も見ていないのに、何故か両手を合わせて謝っておく。ほら、プライバシーとかあるじゃん、今時さ。
そう心の中でぶつぶつ言いながら、そっとパスケースを開く。
中には定期券と、学生証が入っている。
大学名と、賀喜涼花の名前、そして顔写真が載っている。
やっぱり、あの居酒屋で働く賀喜さんの物で間違いなさそうだ。
──「涼花です、賀喜涼花」
……本当はお店で初めて会った時、なんとなく似てるなって思ったんだ。
それでもなかなか確信が持てなかったのは、賀喜という名字が、俺の知っているものと違ったから。
トキヤが会計をしている時、ネームプレートで見た名字を見て、あ…やっぱり人違いなのかな、と思ってしまった。
「あれ…?まだ何か入ってる、」
見つけたのは、一枚の写真だった。
そこには幼き頃の彼女と…俺の姿が写っていた。
施設の遠足で出かけた、ひまわり畑で二人で撮ってもらった写真。
それを見て、胸がどきんと鳴った。
やっぱり──涼花だったんだ。
「良かった…元気だったんだ…!」
彼女が、涼花が元気だった。
その事実だけで、十分幸せだ。
俺は財布の中から、同じ写真を取り出す。
まさか、涼花もまだ取っておいてくれたなんて。
「やっと、会えたね」
11年ぶりに見た彼女は、そこの写真に写る姿より、当たり前だけどグッと大人っぽく、綺麗な女性になっていた。
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