告白
落ち込んでいた気持ちを吹き飛ばしてくれるように、太陽が室内を照らす。今日は本当に良い天気だ。空気も美味しくて、こんな日は掃除も捗る。あまり大きくはない窓を珍しく全開にして、私はダンボールに荷物を詰め込んだ。
「……よし!あとは、」
寿さん達との送別会から数日が経った。
あれからトントン拍子に新しい家が見つかり、引越しの日も決まった。大学に進学してすぐ住み始めたここの部屋とも、明日でお別れだ。
音にいへの気持ちが消えることは、きっとない。忘れる事なんて無理だ。それでも私は、今までの思い出を大切に胸にしまって、前へ進まなければならない。
少しの間過ごしていた夢のような時間を終えても、毎日は当たり前のようにやってくる。新しい家から同じ大学に通って、新しいバイトを始めて、きっとそこにはまた新たな出会いがあって。
そうして、新しい日常が始まるのだ。
片付けも目処が立ってきたところで、大きく身体を伸ばす。時間は朝の10時…今日は平日だけど大学の講義は休みだ。何故だか目が冴えてしまって、朝一で美紀の家からここに直行してしまった。ちなみに親友の彼女は今日は一日彼氏とデートだと聞いている。全く!彼氏が出来たなんて聞いてない!いつの間に出来たんだか、もう。
「…うらやましい」
そんな虚しい独り言を呟いていた時、スマホがピコンと通知音を鳴らす。
画面を覗くと、今まさに私の頭の中に居た美紀からのメッセージだった。
『今日はST☆RISHアルバム発売日!以下の番組に出演するのでちゃんとチェックするように!』
「……て、細か!」
長文のメッセージの中に羅列されていたのは、今日ST☆RISHのメンバーが出演する番組の一覧だった。ご丁寧に時間と局まで書いてある。本当に彼女はデートの最中に何をしているのやら……。
呆れつつも、その長すぎる文字を目で追っていく。朝や昼のワイドショー、夜のバラエティまでスケジュールはびっしりだ。その中で真っ先に見つけてしまうのは、やっぱり音にいの名前だった。
「朝10時15分…6チャンネル」
時計を見ると、もう間もなく番組が始まる頃だ。私はテレビをつけて、カーペットを既に片付けてしまったフローリングの上に体育座りをした。
「本日のゲストはST☆RISHの一十木音也さんでーす!」
「よろしくお願いしまーす!」
画面越しに笑って手を振る音にいの姿。こうして堂々とメディアに出るのは久しぶりじゃないだろうか。しかもお昼の情報番組だから、生放送だ。
つい、膝を抱える腕に力が入る。
「今日はお知らせがあるんだよね」
「はい!今日ST☆RISHのニューアルバムがリリースされました!ファンの人にも、そうじゃない人にもたくさん聴いて欲しいな」
「…ふふ、元気そう」
久々に見た音にいは、いつもと変わらない元気いっぱいのキラキラのアイドルだった。その笑顔に、心がほっとする。だけど、画面越しに居るのにその距離はこんなにも遠い。
つい少し前までは、あんなに近くにいたのに。
「一十木君といえばー…最近ちょっとお騒がせがあったよね〜」
「……へへっ、何かありましたっけ?」
「またまた!ねぇ、あの文秋の記事の件って聞いても平気?」
意地悪な笑みを浮かべて、そう話す司会者に、どくんと心臓が鳴る。汗ばむ手を、痛いくらいにぎゅっと握って、膝に顔を埋めた。これ以上は、辛くて見てられない気がした。
「良いですよ」
音にいの、予想外の返答。
その声に驚いて顔を上げる。司会者も音にいの返しが意外だったようで、驚いた顔で「事務所に叱られない?」なんて聞いている。
「まぁ怒られるだろうなー。でも大丈夫ですよ、多分。何でも聞いて下さい」
「そっか…それじゃ本当に一般人の女性とお付き合いしていたってこと?」
「いえ、お付き合いはしていません。彼女はあくまで親しい友人です。あの写真は、彼女が転びそうになったところを俺が受け止めただけで」
音にいはきっぱりとそう答えた。
そして少し困った顔をして指で頬を掻く仕草をする。
「まぁ、俺の方は好きだったんですけどね」
「……え?」
時間が、止まったようだった。
だけど音にいはあまりに平然としているから、驚きが隠せなくて。
「ただの、俺の片想いです」
「な……んで、」
膝を崩して、テレビに近付く。
音にい、音にいは今…何て言ったの……?
そんなの嘘だって。だって音にいが好きなのは春歌さんで、二人は付き合っていて。それなのにそんなこと、ありえないと思っていた。
「俺は…今でも彼女のことが好きです」
だけど聞こえてくるその言葉は、確かに本物で。
「そんなこと言って平気?」
「はい」
「生放送だよ、コレ」
「知ってますって!」
とめどなく流れる涙。
どうして?ねぇどうして?今更、そんなこと言うの?
「そっか……本気な恋な訳かぁ」
「はい……なんて!実はもうとっくに振られてるんですよ俺!」
もう戻れないって、分かってるでしょう……?
私達、もう会えないのに。
「だからもう彼女は俺には関係ないので…あ、マスコミが彼女の事追いかけ回してるらしいですけど、そういうのマジで止めてくださいってことで」
次々と流れてくる音にいの言葉。もう涙を止めるなんて出来なくって。
「それじゃ、その好きだった女の子に伝えたいことはある?」
「そうですね。……俺がいないところでも、どうかいつでも笑っていて欲しい。幸せになって欲しい」
「おと、にっ……!」
「それが、俺の願いだから」
ぐちゃぐちゃに歪む画面の向こうの音にいが、優しく微笑んだ。その笑顔が、本当に優しくて温かくて。
好きで好きで、たまらなくて。
「それじゃ素敵なお話を聞けたところでアルバムに収録されている一十木君のソロ曲を歌っていただきます」
「はい、お願いします」
「それでは聞いて下さい。一十木音也で───『初恋』」
音にいに会いたくて会いたくて。
好きだという気持ちが抑えられなくて、私はただ胸をぎゅっと掴むしかなかった。
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