託されたもの



「それでは賀喜ちゃんの退職を祝ってー!カンパーイ!!」
「退職って、それ祝ってねーだろ」
「だ、だってぇ!今日は賀喜ちゃんの送別会でしょ!?そのために僕達こうして集まって──」
「そういう時は新たな出発を祝って、とか上手く言えばいいじゃない空気読めないバカレイジ」
「……賀喜ちゃん、僕泣いて良い?」
「わ、私は気にしてないですよ寿さん!」


相変わらず愉快なお兄さん達に囲まれて、私は焼酎の入ったグラスを握った。仕切り直した寿さんの発声で、グラスを合わせる音が重なった。


今日はバイトはお休みの日。最後の勤務は明日になるのだけど、その前にもう一度きちんと送別会をしようというのは寿さんの発案だった。



「(気を遣わせて、申し訳なかったな)」

あえて音にいの話題には触れず、こうして盛り上がって笑いかけてくれる皆さんの優しさが心に染みる。この間私が散々泣いたから遠慮してくれてるんだろう。

バイトを辞めることももちろん辛かったけど、それと同じくらい私は寿さん達に会えなくなるのが寂しいのだと、今改めて実感している。




「取り分けましょうか」
「一ノ瀬さん!すみません、私がやるので大丈夫ですよ!」
「遠慮なさらずに。今日の主役はあなたですよ」
「ありがとうございます……」


申し訳ないと思いつつ、綺麗にサラダが盛られたお皿を受け取った。
「音やんのスケジュールが合わなくて、トッキーでごめんねぇ」なんて寿さんは言っていたけれど、まぁほぼ確実に私への配慮だろう。その代わりに一ノ瀬さんが来てくれたのは意外だったけれど。



お店にはよく来てくれるけど、深い話をした事はない。音にいと私の関係を少し知っているくらいだ。それなのに何故一ノ瀬さんは、わざわざ私の送別会に来てくれたのだろう。


横から視線を向けられているのを感じ、ちらりと見たらばっちりとその綺麗な瞳と目が合ってしまった。一ノ瀬さんはじっと私を見るだけで何も言わない。その視線に耐えられず、たまらず自分から声を発した。



「……あの、」
「音也なら元気にしてますよ」


あぁ見透かされてる、そんな風に思った。

一体どこまで察してるんだろう、なんて内心ドキドキしていると、一ノ瀬さんは持っていたグラスをテーブルに置いて、ゆっくりと口を開いた。核心を突かれる気がして、グラスを持つ手に力が入る。



「賀喜さん、あの──」
「んだよ、トキヤ。全然飲んでねぇじゃねぇか。オイ嶺二、ビールひとつ追加」
「はいよ〜!」
「は…ちょっと待って下さい。私は今日は飲酒は、」
「何言ってんだよ、黙って飲めほら」
「飲むにしてもですね、ビールはプリン体が……」


一ノ瀬さんの身体が黒崎さんの方を向いたことに、内心ホッとした。もしかしたら一ノ瀬さんは、スキャンダルの相手が私だと気付いてるかもしれないと思ったから。考えすぎかもしれないけど、もう音にいと関わらないよう釘を刺されるかも。

そりゃそうだよね、大事なグループのメンバーなんだもん。それに少なからず、今回の事がST☆RISHの活動に影響が出ている事は間違いないのだから。



「(……考えすぎなのかな)」


嫌な方向にばかり気持ちが向く自分が益々嫌になる。
心のもやもやを断ち切ろうと首をブンブンと横に振ったら、正面に座る美風さんが不思議そうな顔をして私を見た。愛想笑いを返して、慌てて盛られたサラダを口に含んだ。






────


「いつもすみません、ご馳走様でした」
「いーよん、全然気にしないで」


それでも皆さんと過ごす時間は楽しくて、あっという間に時間は流れる。

寿さんがお勘定をしている横で、相変わらず酔い潰れているのはカミュさんだ。私、カミュさんが潰れていない所を逆に見た事がないのだけど、大丈夫なのだろうか……。



「カミュさんがこんなに酒癖が悪いとは……!ほらカミュさん起きて下さ──起きなさい!」

乱暴にカミュさんの頬を叩く一ノ瀬さんを笑いながら見ていると、


「賀喜ちゃん」

お勘定を終えた寿さんが優しく私の名前を呼んだ。




「これ、音やんから」
「え……?」


寿さんからそっと差し出されたのは、小さな茶色の紙袋。中身を覗くと、入っていたのは一枚のCDだった。震える手で、それを袋から取り出す。


ST☆RISHオリジナルアルバム…そう大きな文字で書かれたジャケットの中央には、音にいが変わらない笑顔でこちらに笑いかけている。


「発売はちょっと先なんだけどね、もうサンプルは出来上がっていて。どうしても賀喜ちゃんに渡して欲しいって……あそこまで必死に頼まれたら僕も断れなかったよ」


店頭で並ぶ物とは違い、封がされていないのはそういう事か、と変に納得してしまった。


寿さんは困っちゃうよねぇ、なんて言うけれど、絶対断らない人だ、だって優しいから。音にいもそれを分かっていて、寿さんにこれを託したのだろう。

アルバムを見て何も言えない私に、寿さんは言葉を続けた。


「一応僕も事務所の人間だからね。念の為、中身は確認させてもらったよ。特に──変な物は何も入っていなかった」
「そうですか。…ありがとうございます、嬉しいです」


ようやく顔を上げてそう笑ったら、寿さんも歯を見せてにっこり笑ってくれた。

皆さんに別れを告げて、逆の方向へと歩き出す。夜はすっかり更けていて、見上げればキラキラと星が輝いていた。その綺麗な夜空が何だか私を励ましてくれているような気がして、不覚にもまた、泣きそうになってしまった。




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