思い出すのはあなたのこと
「よほど、思い入れがあるのだな」
「え?」
「いや、よく眺めているようだから」
隣の席から聞こえる聖川さんの声に、全身が耳になったように緊張が走った。
あれはまだ、音也君と出会って間もない頃……早乙女学園での教室の出来事だった。
聖川さんの声に顔を上げた音也君は、あぁ、と呟いてから聖川さんに写真を見せた。
良い写真だ、と言った聖川さんに音也君は嬉しそうに微笑んでいて、それが自分に向けられたものではないはずなのに、胸がとくんと音を立てた。
「なになにー!?あ、もしかして…例の約束の女の子?」
トモちゃんが楽しそうに反応して、音也君の持つ写真を覗き込む。からかうように肘でつついてくるトモちゃんに、音也君は楽しそう写真を見せていた。
「幼馴染、っていうのかな。小さい頃しばらく一緒に過ごしててさ……今は福岡の方に居るっていうのだけは聞いたんだけど」
「へぇ……じゃあ離れて以来会ってないんだ?」
「……うん」
小さく頷いた音也君は、少し悲しそうに目を伏せた。閉じた瞳がそっと開いて、音也君は頬杖をつきながら、窓の外を見つめた。
「時々、思うんだよね。今頃何してるのかなって」
私の席からはその表情は見えないけれど、声色がとても寂しそうで。聖川さんとトモちゃんも同じ事を思ったのか二人で顔を見合わせて小さく笑った。
「……そうか。大切な存在だったのだな」
「あー……その、アレ?もはや家族同然!みたいな感じ!?」
わざと明るく言うトモちゃんをちらりと見た音也君は、ううん、と小さく否定する。
「違うよ」
そしてまたその写真の女の子に目を落として、優しく微笑んだ。
今まで見た事がない、本当に優しい顔で。
「涼花は、俺の初恋」
あの時から──きっとその大切な女の子には絶対に敵わないのだと、どんなに私が彼を好きになっても、その女の子の存在が音也君から消えることは無いのだと悟ってしまった。
それなのに、
「私……っ、音也君のことが…!」
想いを止めることなんて、出来なくて。
「……ありがとう」
────
「(どうして、また昔のことを思い出してしまうのでしょうか)」
飛行機の座席に乗って、機体が宙に浮いてからも、思い出すのは昔のことばかりだった。
早乙女学園で出会った頃のこと、一緒に音楽を紡いだこと、……その全てが、私にとっては忘れられない大切な思い出。
音也君。私は……音也君にひとつ嘘をつきました。
今回の留学の件、事務所からの勧めではなかったのです。
私自身が志願して、半ば強引に社長に手配をしてもらった……そう言ったらあなたは驚くでしょうか。
逃げた、と思われても構わない。
自分が新たに前を向いて行くためには、これしか方法がないと思った。
あなたから、離れるしかないと。
そう決めてから、私はひとつの曲を作った。
ひまわり畑の情景と、小さな頃の音也君と賀喜さん──そして大人になった二人をイメージして作った曲は、皮肉な事に今までにないくらい美しい曲に仕上がってしまった。
『春歌の事、本当に好きだったよ』
もし、ほんの一瞬でも私があなたの心の中で一番になれていたのだとしたら。これ以上望むことはもう何もありません。
だからこの幸せな気持ちを胸にしまって、
私は……
(前に進みますね)
窓から見えていた東京の景色はもう、見えない。見えるのは真っ白な雲だけ。
「ありがとう、好きでした」
ぽつりと呟いた小さな言葉は、綺麗な空と、飛行機の騒音の中に消えていった。
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