守りたいのに



「はいカットでーす!お疲れ様ー」
「ありがとうございましたー!」


撮影を終えてスタジオの扉を開けた。
さすがにスタジオまでマスコミは追って来ないらしく、安心して一息ついた。とは言っても、事務所にはかなりの問い合わせが来ているらしく、対応に追われて大変らしい、トキヤから聞いた。トキヤも「全くあなたと言う人は…」と呆れている様子だけど、なんだかんだと心配してくれた。


批判は全部受けるつもりだ。もう何を言われても言い返せない、全部俺が悪かったのだから。
自分は何を言われても我慢出来る。だけど涼花の身に何かあったら耐えられない……今はただ、それだけが心配だった。


「(この後は、とりあえずまたオフか)」


ひとまず撮影やレコーディングの仕事は再開させた。生放送とかイベントとか、公の場に立つ仕事はまだ自粛している。
家にいるとまた考え込んでしまう、らしくもなく。だから本当はもっと仕事をして気を紛らわせたかったけど事務所からの指示だから従うしかなかったんだ。





「あっ!音やーん!謹慎解けたんだって?」
「嶺ちゃん…!」


とぼとぼと出口までの廊下を歩いているところで、正面から聞こえた明るい声。笑顔で右手を挙げてくれたのは、嶺ちゃんだった。長く休んでいたせいか、嶺ちゃんに会うのも久しぶりだ。


「ひどいよ!謹慎ってそうだけどさ…ハッキリ言わないでよー」
「はは、メンゴメンゴ!元気そうで安心したよ」
「うん、心配かけてごめんね」


きっと俺を励ます為に、わざと明るく接してくれてるんだと思う。そんな嶺ちゃんの優しさに感謝しながら駆け寄って、周りに誰も居ないことを確認した。


ボリュームを抑えた声で、俺は嶺ちゃんの耳元でずっと気になっている事を尋ねてみた。


「嶺ちゃん、あれから涼花と会った…?」

俺の声に小さく頷いた嶺ちゃんもまた、周りを確認してから小さな声で答えてくれる。


「うん、お店で一度だけ。思っていたよりも元気そうではあったよ。けど、」
「けど?」

嶺ちゃんは俺の目を見ながら、少しだけ眉を下げた。その後に続く言葉を聞くのが怖くて、何となく嫌な予感がした。


「賀喜ちゃん、お店辞めるんだって」
「え……?」


的中した嫌な予感……胸がザワザワとする。
だって、あんなに楽しそうに働いていたのに…涼花があそこの店のバイトを自ら辞めるなんて、考えられなかった。



「あまり大きな声では言えないけど、バイト先と自宅が一部のマスコミにバレてる」
「そんな…!自宅までって、」
「本当、信じられないよねアイツら。一般人を家まで特定して追いかけるなんてさ」


嶺ちゃんにしては珍しく、怒りを含んだ冷たい声。それ程までに涼花の事を心配しているのが痛いくらいに伝わる。

涼花…涼花は今、本当に大丈夫なの……?


「音やん」
「……」
「後輩ちゃんの時はさ、彼女もウチの事務所所属だったから何とでも出来た。だけどね」

俺を諭すような、ゆっくりとした嶺ちゃんの声。心臓の音が鳴り止まない。こんなにも、怖くなるなんて。俺が怖くなるなんておかしいはずなのに。だって涼花の方がもっともっと怖い思いをしているはずだ。



「一般人の彼女は、中々守ってあげられないんだよ」


嶺ちゃんの言葉が胸に刺さる。
こうなる事は想定できたはずなのに。
自分の引き起こした事の重大さが、重くのしかかってきて、片手で頭を抱えた。


「とりあえず現状を伝えて…何とかマスコミを牽制出来ないか、僕からも龍也さんにお願いはしてみるけど」
「……うん」
「まぁ、何かあったら教えて。出来ることはするよ」


俺の肩を優しく叩いて、じゃあねと言って去った嶺ちゃんに、小さく返事をするのがやっとだった。



ぽつんと取り残された、スタジオの廊下。
自分の無力さを思い知らされた気がして、ただただ悔しくて、力強く拳を握った。




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