もう二度と
「(どうして?いつの間に…!)」
目の部分がモザイクで隠れているけど、髪型や服装からして間違いない。
あの日──、一緒に観覧車に乗った時の写真だ。
確かに、帰りの駅前で音にいに抱きとめられた。その瞬間を撮ったものだと思うけど、このアングルじゃ誤解されても仕方がない。
あの時、密かに感じた違和感──やっぱり誰かに見られてたんだ。
どうしよう、どうしよう…!
「…涼花?」
「あ…」
「大丈夫?顔色悪いよ」
多分今の私は真っ青な顔をしている。心配そうに眉を下げた美紀が私の顔を覗き込んだ。
「いつも真面目に授業出てるんだからさ、たまには休んだら?」
「…そうしようかな、ごめんね」
「全然!ノート取っておくね」
動揺する気持ちを必死に抑えながら、震える手で広げていたテキストをまとめる。
美紀にもう一度ごめんと伝えてから、その場から逃げるように教室を出て外まで走った。
「音にいに、連絡しなくちゃ…」
スマホを取り出した所で、一度立ち止まる。
…この記事が出ていることを音にいが知らないはずはない。ネットにトップニュースに出るくらいだ、きっと今頃対応に追われているだろう。
そうすると、今私から連絡するのはきっと迷惑だ。
だけどこれからどうしたらいいか分からない。
…私個人を特定されることって、あるのかな。
いや、それよりも音にいに迷惑をかけてしまった事の方がショックだ。
「私の、不注意のせいだ…」
怖くてたまらない。だけどどうしたらいいか分からなくて、ひたすらスマホを握るしかなかった。
すると、突然持っていたスマホが震えた。
音にいからかもしれない…!
そう思って慌てて画面を確認する。
「知らない、番号…」
今はそれどころじゃないから申し訳ないから放置しようとするも、鳴り止まないスマホ。
さすがに気になって、応答ボタンをタップした。
「…はい」
「賀喜涼花さんの携帯電話でお間違いないでしょうか」
「はい、そうですが…」
知らない番号に、知らない男の人の声。
けれど確かに私の名前を確認している。知り合い、なのかな。
私はこの後、すぐに電話がかかってきた理由を知ることになる。
「シャイニング事務所の月宮林檎と言います」
「え…」
「至急、弊社まで来て頂きたいのですが」
───
「急に呼び出してすまないな」
「いえ…」
「Ms.賀喜…Youを呼び出したの理由は、分かりマスネー…?」
電話があってすぐに向かったシャイニング事務所。入口の案内の人に連れられてきたのは、大きな社長室だった。
よくテレビで見る…日向龍也さんと、シャイニング事務所の社長。
サングラスで顔はよく見えないけど、何とも言えない迫力、そして圧力にかろうじて立っている両足も震えているのが分かった。
「もー!社長もリューヤもそんな顔しないでよ!涼花ちゃん怖がっちゃうじゃない!」
ぽんと、後ろから私の両肩に手を置いてくれたのは月宮林檎さんだ。
情けないけど、触れられた肩も震えそうになる。それを悟られないよう、必死に気持ちを保った。
「単刀直入に聞きマース…例の写真に写っているのハー…Youデスネ…?」
どくん、と心臓が音を立てる。
答えようとするのに、息が詰まって上手く声が、出ない。
私の電話番号を既に知っている辺り、もう徹底的に調べてるんだろう。誤魔化しようがない。その事はちゃんと分かっていた。
「はい……そうです」
何とか絞り出した声に、日向さんが大げさに息を吐いた。その反応にビクンと肩を揺らす。
「たく、一十木が全く口を割らなかったからな。調べるのに時間がかかったぜ」
「オトくん…彼ね、あなたの名前を問いただされても一切答えなかったのよ」
そう…なんだ。
音にい、私を庇おうとして、くれたんだ…。
それでもこんなに早く私を見つけてくる辺り、恐ろしい。権力の大きさを思い知らされる。
それにこの社長の空気だ、音にいもきっと色々大変な思いをしたんだろう。
音にい…音にいは今大丈夫なのだろうか。
私が迷惑を、かけてしまったから…その事実が改めて突きつけられ気がした。
空気が冷たい。
息を吸うのがやっとだった。
「一応確認するが、交際している訳では無いんだな?」
「はい…ですが、あの日あの時間帯に音…一十木さんと一緒に居たのは、事実です」
「そこをタイミング悪く撮られた訳ね。だけど一体誰が──」
「Mr.イットキはー…今アイドルとしてとても大切な時期デース…」
社長の声が低く、静かに響く。
緊張感が更に増して、私も息を呑んだ。
「アイドルにとってスキャンダルは影響が大き過ぎる。一般人の君でも、それは分かるだろう?」
「はい…」
日向さんの声が耳に突き刺さる。
そうだよ。音にいは今、私の幼馴染だった音にいじゃない。
国民的アイドル、ST☆RISHの一十木音也なのだから。
『涼花!おれ絶対アイドルになってみせるよ!』
小さな頃からの、音にいの大切な夢。
『どうしてもアイドルになりたかったから』
早乙女学園に行ってまで叶えた夢。
それを、私が邪魔する訳にはいかないんだ。
「申し訳ありませんでした」
依然として表情一つ変えない社長に深く頭を下げる。
スカートの裾をぎゅっと握りしめた。
声も震えている、目からは今にも涙が溢れそうだ。
でも、言わなきゃ。分かってる、ちゃんと言うんだって。
「もう二度と…一十木さんには関わりません」
静かな社長室に、私の声だけが切なく響いた。
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