本当は気付いてる
──『もう、外で会うのは辞めよう…?』
頭の中で何度も何度も繰り返される涼花の言葉。そして彼女の涙を堪えて笑った顔。
涼花は俺と会う時、たくさん楽しい顔を見せてくれる。俺はその笑顔が大好きだった。
けれど同じくらい、悲しい顔をさせてしまったこともあった。
俺は…涼花にはいつも笑っていて欲しいのに。
俺の涼花に対するこの感情の正体には、もうとっくに気が付いているのに。
それでも同じくらい頭をよぎるのが春歌の存在で。
もう正直、どうしたらいいのか分からないんだ。
「トキヤ」
春歌に涼花と会ったかどうか確かめてはいない。けど涼花の反応からして間違いないと思ってる。
春歌に申し訳ないと思いつつも、思い出すのはいつも彼女のことだった。
「何ですか?」
「同時に二人の女の子を好きになることってあると思う?」
少しの沈黙の後、トキヤは読んでいた本から視線を上げて、俺の方を見た。
「同時に二人の女性を…同じくらいに、ということですか?寸分の差もなく?」
「うん。どう思う?」
「さぁ、さすがに経験がないので分かりませんね」
トキヤはまた視線を本に落とす。
俺も同じように胡座をかいている自分の足元に視線を落とした。
「俺、やっぱり変だよね」
「変だとは思いません。経験がないので私には分かりませんが、世の中にはそういうこともあるのだと思います」
「トキヤ…」
「ただ、相手に誠意は見せるべきだとは思いますよ。どんな結末になろうとも」
トキヤの言葉はいつだって正しい。
そうだよね。このままでいる訳にはやっぱりいかないんだ。
俯いて何も言えなくなった俺に、トキヤは言葉を続ける。
同時にパタン、と本を閉じる音がした。
「それに…本当は音也の中で答えはすでに決まっているのではないですか?」
トキヤは全部お見通しだ。
言葉に詰まった俺を見て、トキヤはひとつ溜息を吐いた。
「まずは私の家に入り浸ってないで、きちんと自分の家に帰ったらどうですか?七海さんも心配しているでしょう」
「うん、そだね…。分かってる。今日は帰るよ…ありがとう、トキヤ」
そう。ここ数日春歌の顔を見るのがなんとなく気まずくて、ずっとトキヤの家に泊めてもらっていた。
ぶつぶつと文句を言いながらも、理由を聞かずにずっと置いておいてくれた。本当に優しいと思う。それにおかげで自分がこれからどうするべきか分かった気がする。
いや、嘘だ。本当は全部気付いていた。
自分の気持ちにも、ずっと前から。
きっと誰かに背中を押して欲しかっただけだ。
勝手だなぁ、俺。
見送ってくれたトキヤにお礼を言って、トキヤの家を出て自分の家へと向かう。
スマホでLINEの画面を開いて、七海春歌の名前を選択した。
『ずっと帰ってなくてごめん。今から帰るね』
送信のボタンを押したら、すぐに既読になる。やっぱり心配かけてたんだな、と深く反省した。
春歌からの返信を確認してから、今度は賀喜涼花の名前を表示する。
少し迷ってから通話のボタンを押した。
スマホを耳に当てると、呼出音が鳴っている。
そのまま空を見上げると夜空に星と月が輝いている。まるで俺と涼花の今後の行方を見守っているようで、少しだけ、切なくなった。
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