修羅場?
「ご注文お伺いします」
「あ…私はカルーアミルクを」
「はーい、賀喜は?芋焼酎水割り?ストレート?」
「あ、あーっ…え、…カシスオレンジ、で」
「は?お前どうしたんだよ」
「放っておいて下さい!カシスオレンジでっ」
何見栄を張って可愛いお酒を頼んでいるんだろう。
不思議そうな顔をする先輩が、私の方をチラチラ見ながらキッチンの方へ消えていった。
これは…後で何があったか聞かれるな、うん。
「…突然お邪魔してしまってすみません」
「あ、いえ…」
そう…突然私の所を訪れたのは、まさかの七海春歌さんだった。面識はもちろん無い…まぁその、私は一方的に彼女の事を知っているけれど。
音にいの、彼女。
私にとって、羨ましくて仕方のない存在。
一体何がどうなって、こうしてカウンターに横並びに座っているのか…本当に不思議だ。
丁寧に私に頭を下げてきた彼女。
何か話さなくては、と思い口を震わせていると丁度良いタイミングでお酒が運ばれてきた。
「と、とりあえず乾杯します…?」
「は、はい!」
なんとか絞り出した私の言葉に、春歌さんは両手でグラスを持った。互いに遠慮するように、小さくグラスを合わせた。
半ばヤケになって、一気に喉にカシスオレンジを流し込む。うっ…甘い。
でもそれよりも、今はこの気まずい空気をどうにかしたい…!どうしよう…何を話せば良いのか全く分からない。
「賀喜さん…」
「は、はい」
「あの…音也君からあなたのことを聞きました」
ドクンと心臓が大きな音を立てた。
小さくて、でも透き通った高いその声で、春歌さんは言葉を続けた。
「幼馴染だという事と…その、時々会っているという事も」
そっか…音にい、全部話したんだ。
そうだよね…大切な彼女に隠し事なんかしたくないもんね。
ダメだ…春歌さんを見ているとどんどん卑屈になってくる。胸が苦しくて、グラスを持つ手にただ、力を入れた。
「私は学生の頃から音也君と付き合っています」
そう──はっきりと告げられた。
知ってはいるけれど改めて当人から聞くと、中々に辛い。春歌さんの声は小さいけれど、でも力強かった。
「賀喜さんは、私の知らない小さな頃の音也君をたくさん知っていらっしゃいます。でも…」
春歌さんは伏せていた目線を上げて、私の目をじっと見つめた。長い睫毛が震えているようだった。
「私だって、音也君とずっと一緒に居たんです…!」
うん…そうか。
「賀喜さんが居ない間、ずっと音也君の側に…」
言葉遣いは丁寧だけど、分かる。
これは、牽制してるんだ。
音にいは、自分のものだと。
そう改めて私に思い知らせるために、
春歌さんは私の所にやって来たんだ。
そう、思った。
「あ、あの…誤解されているようですけど、私は別に音にいと付き合っている、とかではなくて」
「え…?」
「不安な気持ちにさせたのは謝ります。でも、私たちはただの幼馴染である事に変わりはないので」
自分で言っておいて切ない気持ちになる。
でもそれが真実。
そう、私と音にいはただの幼馴染なんだ。
音にいは私のこと、そういう風にしか、見ていないんだよ。
「だから…すみません、色々と心配かけてしまって」
そう言ったら春歌さんはそうですか、と言って少し安心したような表情を見せた。
あ…笑うと益々可愛いなぁ、この人。
音にいはこの顔を見て、彼女の事を好きになったのかな。学生の頃からずっと一緒なんだもんね。春歌さんは、私の知らない音にいをたくさん知っていて…きっとアイドルになるまでのたくさんの苦労を共にしてきたんだろう。
ずるい。そんなのもう敵わないじゃん。
私は今、どんな顔をしてるんだろう。
きっと可愛くない顔してるんだろうな。
それ以上何を話す訳でもなく、ただ突然訪れたことを謝って、春歌さんはお店を出ていった。
「…先輩」
「あー?」
「芋焼酎下さい。ロックで」
私はそのまま家に帰る気になれず、カウンターに突っ伏した。そっとグラスが置かれる音がするけど、顔を上げることは出来なかった。
今、絶対ひどい顔してる。
そんな私を嘲笑うかのように、カランとグラスの氷が音を立てた。
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