一緒に暮らそう  草side



いっしょにくらそう



「ばたばたしてしまってすみません」
草は丁寧に頭を下げて、禎を見た。
突然出来たひとつ年下の弟にどんな風に接すればいいのか、草はまったくわからない。
まして禎は警戒心たっぷりの、毛を逆立てた猫のような目でこちらを見ている。

「うん」
そっぽむいて小さく頷く禎に、草の頭には前途多難の文字が大きくのしかかっていた。
「こちらです。おかえりなさい。禎さん」
草は玄関の扉を開く。
大きな玄関からはいると、20畳近いリビングが広がっていた。
液晶のTVは大きく、フローリングにラグマットが引かれている。
ソファーの上には山盛りのクッション、そして大きなローデスクが置かれている。
リビングの奥には簡易オープンキッチンがみえた。
奥に調理室と見間違えそうな台所があるがそちらはほとんど使わない。
いや、この家自体草はあまりなれていなかった。
父が最近義母と禎を迎えるために購入したものだったしそれまではマンション暮らしだった。

「わ、あったかい」
リビングに入っての第一声の禎の言葉に草は笑う。
「全室床暖房が入っていますから。一階と二階どちらがいいか迷いましたが、父と相談して俺の部屋の隣を禎さんの部屋にしてもらいました」
トイレや風呂を見せながら、階段を昇ってゆく。

草は禎の部屋をきいっと開く。
事前に禎はどちらかといえば明るい色が好きだと聞いていたので、ベッドカバーは当座慣れるまで黄色みの強いオレンジにしてもらった。
カーテンも同系色の明るい柄だ。
「机とチェストとベッドと本棚と、最低限はこちらでそろえさせてもらいました。足りないものがあったらなんでも言ってください」
大きな窓の前には、桜の樹。
今はまだ冬樹だが、春には見事な花を咲かせるだろう。
遠くに見えるのは、海と蒼い空がレースのカーテンの奥に広がっていた。
景色がよく日差しもよく入る部屋を草は禎の部屋にした。
「禎さん?」
ぼんやりしている禎に、草は屈みこんで覗き込む。

ひとつ違いだというのに、禎は身長が小さく、草はどちらかといえば身長は高い。
真直ぐに視線を合わせるには、草は少しかがみこまなければならない。
「すごい…」
禎の言葉に草は首をかしげる。
「なにが、でしょう」
「俺が前にいた家、居間と台所と俺の部屋くらいだったし…こんな広い部屋、俺一人で?」
「もちろんです。そんなに狭かったのですか」
「普通だとおもいけど。んー…普通…より少し、狭かった…かな」
禎は恥ずかしそうに小さな声で呟いた。
「そうでしたか。このうちで不自由がないといいのですが」
「ベッドもすごいおおきい」
禎が大きなベッドにぽふんと座る。
「すみません。俺がサイズがでかいので…大きいほうがいいかとおもいまして」
禎はそのまま倒れても、頭がベットの上にあるのに驚いているようだった。
横幅は楽に1m50cmを越えている。
禎は目を閉じて不思議そうに目を開けた。
「なんか、変…」
「変、ですか?なにがでしょう…。寒ければエアコンもありますし…リモコンはサイドテーブルの上です。あ、TVとパソコンも近いうちに届きますが、二・三日不便をしてしまうかもしれません」
「…静か」
禎の呟きに草は首をかしげる。
「静か、ですか?」
禎はむくりと起き上がり、膝の間に手を置いてフローリングの床板を見る。
「俺んち、近所の音とか声とか結構漏れてたんだ。うるさかったけど人が生きてる感じがして…。でもこの部屋…静かだ」
「普通だと思うのですが…」
「ちょっと…寂しいかな」

禎が首をかしげて少し悲しげに笑んで草を見上げる。
その瞳に草は動揺しないように目を伏せた。

「俺がすぐ隣にいますから、大丈夫です。禎さん」
「ん…うん」
「そうですよね。いきなりこんな家につれてこられても禎さんも困ってしまいますよね」
「うん!」

力いっぱい頷かれ、草は内心へこんだ。

「…そう、ですよね」
「だーって。こーんな広いんだよ?部屋とか10個以上ありそうだし、お風呂だってすごく広いし、湯船で足おもいっきりのばせるし。トイレだって一階にも二階にもあるし、下で大きな声出しても、上にとどかなそうだしさっ。おまけに二階にまでリビングや、キッチンまであるし。洗濯機には乾燥機までついているし」
「俺は…これでも別に」
「草ちゃん…あ、草ちゃんって呼んでいい?渉サンってよばないと、駄目?」
照れたように問う禎に、草はやわらかく頷く。
「慣れるまで、好きに呼んでください。どちらにしても手続きが面倒だとかで別姓でしたから」
「うんっ。草ちゃんはどんな家に住んでいたの?」
「欧州の実家では、執事さんやメイドさんがいましたね。学校は寮生だったので大きいとかは…あとはマンションですか」
「世界が違う…」

禎の言葉に草は笑う。

「そうですか?向こうじゃ、元貴族のご子息の方々の実家はお城住まいの方もいましたよ。広すぎるのも不便なもので俺にはこれくらいが丁度いいです。俺も日本に帰ってきてしばらくは俺名義のマンションにいましたが…禎さんが来るというので生活基盤をこちらに移しました」
「草ちゃん名義って…どういうこと?」
「プレゼントです。父の」
「………えーと。ちょっとまって。世界が違いすぎていろいろ理解できないんだけど…草ちゃんマンションの部屋もってるの?」
「父がマンション経営もしているので…欲しければ禎さんもお部屋くらい名義変更してくれるかとおもいます。丁度俺の隣のペントハウスは空いてますし、父に今度お願いしておきましょう」
「ちょっとまって!ごめん。話しについて行けない…」
禎の困惑した声に草は首をかしげる。
「そう、ですか?」
普通の話のはずなのに。と草は首をかしげる。
「一応、禎さんが送った洋服はチェストの中に入ってます。勝手に触れて申し訳ありませんが、ハウスキーパーさんが荷物は全部整理してくれていますから。こまごましたものはそちらに置いてあります。お部屋は使い勝手が良いように変えていってもらえると嬉しいです」
ダンボールが三つ、部屋の隅に重ねてあって禎は頷く。
…小さな禎の宝物たち。
「足りないものは明日、明後日にでも買いに行きましょう」
「うん」
「下に降りてきてください。お茶を入れます」
「うん」
草は禎の髪をさわりとひとなでして、禎のそばを離れた。

なんとなく、禎はこわくなってしまった。
母が幸せになる事は諸手を上げて賛成だが…
自分自身こんなに世界が違う所に来てしまうなんて、思っていなくて。
おまけに友達もそばにはいないし、母も今はもう機上の人だ。
そして、一番身近なのは何を考えているのかわからない表情を読めない草。
そうやって考えると、今後の自分がどんどん不安になってくる。

ダンボールを開く。
ガラクタみたいなものだけれど、幼い頃からそばに置いてあった物たち。
新しい部屋はよそよそしくて、慣れ親しんだ自分の匂いのするものをぎゅっと抱きしめて、ホッと息をついた。
禎はベッドにこてんと転がる。
「かあさん…。おれやってけるかな」
世間では15で自立する子供もいるという。
でも、禎は自分自身の生活がこんなにも急変するとは思っていなかった。

入学する予定だった公立学校も、渉と父親にあっさりと却下されてろくに反抗もできなかった。
それも、禎がむかつく要因のひとつだった。
行きたい学校ひとつ選ばせてもらえない。
反抗したくもなるというものだ。

「禎さん?」
とんとんと階段を昇る音が聞こえて…完全に防音でなくてよかったと禎はぼんやりと思う。
自分がこんなにさみしがりやだったなんて知らなかった。
認めたくは、ないけれど。
人の声や足音は安心する…。
「お茶が入りました」
こんこん。と礼儀正しいノックが聞こえる。
禎はとろとろとねむりにはいりかけながら、草の部屋もみたいなぁとすこしだけ思った。

草が控え目に禎の部屋の扉を開くと、寝入っている禎がいた。
短い茶色の髪をベッドに散らして、気持ちよさそうに目を閉じて寝ている。

正直草は自分のスペースに他人を入れるのが嫌いな性質だ。
だから弟ができるといわれたときも、自分に与えられたマンションから出る気はあまりなかった。
けれど、禎に逢って考えは変わった。
弟という存在を、こんなにかわいいと思う自分を不思議に感じた。

自分の、弟。
自分が守らなくてはならない存在。

父も義母も異国に行ってしまったので、禎は頼る者は草しかない。
そう思えば、しっかりしなくてはとも思うし、大事にしなくてはともおもう。

薄紅色の唇を小さく開いて、スースーと眠る禎だが、小柄な体をみるにつけ栄養が足りていないのではないかと眉をひそめる。
長い睫も、細い首筋もあまりにも頼りなく草には写った。
禎は慣れない生活に飛び込まざるをえない状況で随分気を張って、疲れているのだろう。
起きている間はそんなそぶりは見せないけれど。
そう思えばいとおしさは更に募る。
自分の部屋から大きな毛布を持ってきて、ふわりと禎にかける。

お茶はもう少しお預けになりそうだった。

END 2010 2 28



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