ル イ ラ ン ノ キ


 7…「お狐さま」



翌日、私は電車に揺られ、4時間かけて自宅に帰り着いた。2度目の帰宅だ。

そしてリビングのテーブルの上にある薄い水色の封筒を見つけた。初日と同じ位置にあり、初日と同じように封は途中まで開けられていた。母が手紙を見ようとしてやめた跡だ。
私はその場で封筒を開けた。三つ折りにされた便箋が1枚。見なくても内容はわかっているけれど、もし見ずにシナリオが進まなくなって戻されてしまったら困る。

≪8月10日のすすきの神じゃのなつ祭りであなたにあいたい。午ご8時10ぷん、すすきの神じゃの裏にあるスギノキの下で≫

「一字一句同じ」
 そう呟いて便箋を封にしまう。

2階の自分の部屋に上がり、手紙は一先ず引き出しへ。
ノートパソコンを開き≪おきつねさま≫と平仮名で検索をはじめた。しかし、キツネは油揚げが大好物だとか、九尾の狐という妖怪の話ばかりがヒットして、お婆ちゃんから聞いた話は見当たらない。九尾の狐というのは、名の通り九つの尾を持ち、人を食う妖怪だ。イメージ画像があったが、私が見たお狐さまとは全く異なる容姿をしていた。
お婆ちゃんの話を思い返しながら、検索キーワードを工夫してみる。もしかしたら地元でしか広まっていない噂なのかもしれないと、地元名を入れて検索し直してみたけれど、それもヒットしなかった。
お婆ちゃんは作り話をしたのだろうか。突然孫が変な夢物語を話はじめたから、哀れに思って話を合わせてくれたのではないだろうか。
そう思いながらも何度か思い付くキーワードを打って検索をし続けたけれど、それらしき記事は見つからなかった。もちろん、≪芒之神社≫で検索しても。
もしかしたら≪お狐さま≫や≪おきつねさま≫ではなく、≪御狐さま・おキツネさま・御狐様・きつね・キツネ・白狐……≫などで検索すればヒットするかもしれない。
だけど何通りもありすぎて何パターンも検索するのは億劫だった。

私はパソコンの電源を切り、窓際に立った。神社がある方角を眺めるが、ここからは見えない。

小1の頃に出会った白い犬。あれは多分、お狐さまだったに違いない。小学生の頃の私はキツネといえば茶色の毛並みだったし、白いキツネがいるなんて思わなかったし、犬と見間違えてもおかしくはない。

もしかしてまた私に逢いたくなって手紙をくれたとか?

「……そんなバカな」

そんなバカな話があるかと思ったが、今更ありえないなんて言える状況でもない。
かっこいいお狐さまに会ったなんてこんな話、中二病のみなみなら興奮して興味津々に聞いてくれそうだ。

──案の定、訊いてきた。

『なにそれなんの漫画?!』
 と、電話越しに訊くみなみ。

普段はどちらかと言えばサバサバしているのに、こういう話になるとやたらと食いついてくる。

「漫画じゃないっつーの」

私は窓から見える景色を眺めながら、みなみに電話をかけていた。電信柱に止まっているスズメが可愛い声で鳴いている。

『ほんとの夢の話?』
「……うん、そう」

いくら中二病のみなみにも、夢じゃなくて現実の話だとは言えなかった。きっと、誰も信じてはくれない。

『いいなぁ、私もそういう夢みたい! 例えばさぁ、そのお狐さまに「君が欲しい」なんて言われて狐の嫁入り的な展開でキャーーッ! マジ最高!』

──だれか

『あっでもさ、嫁いじゃったら自分も妖怪の仲間入りになっちゃうから、本当はお狐さまに恋してるのに求婚を断るという展開とかマジやばくない?! 切なやばいよね!』

──だれか……

『でもでもやっぱ人間やめてまで愛しちゃって妖怪になってハッピーエンド的な!』

──だれかコイツを止めてくれ。

『ねー、りんならどういう展開がいい?』
「ごめんとりあえずこれから夏休みの課題やるからまた電話するね」

一方的に電話を切った。自分からかけておいて悪いけど。

私はお狐さまに早く会いたくてしょうがなくなっていた。だから何度も窓から見えもしない神社の方角を眺めた。早く会って、早くこのループから抜け出したい。

8月10日の芒之神社の夏祭りにしか会えないのだろうか。それも8時10分に。
何故夏祭りなんだろう。遊ぶのが好きなお狐さまは、人が集まる賑やかな夏祭りが好きなのかな。
約束の日までが長く感じた。なにもせずに10日まで待つのは勿体ない。仕方がないから宿題でもと思ったけれど、宿題をやって、もしお狐さまとのお遊びでヘマでもしたらリセットされてしまう。そう思うと何もする気が起きなかった。

でも“試す”ことはできる。

例えば念のため10日ではないけれど芒之神社に足を運んでみるとか。パソコンで調べるのだって履歴には残らないけど結果は私の頭の中に残る。

「よし。やれることだけやってみよう」

私は芒之神社へ行ってみることにした。時間はたっぷりあるし……と、徒歩で向かう。

お狐さまのことを考えながら神社までの道程を歩いた。
時折空を見上げながら、思い付いたキーワードを、ケータイから検索バーに打ち込んで手当たり次第に調べていった。

「さすが私。移動時間も有意義に使う女」

“出来る女”ってモテそうだ。いや、出来ない女のほうがモテる? 男としては頼られたいとか守りたいとか思うだろうから、ちょっと天然の、ちょっとおっちょこちょいで世話がやける女の子のほうがモテるのかも。素ならいいけど、そういう計算高い女は髪をくしゃくしゃにしてやりたくなるけど。
でも最近の男どもは草食系ばっかだし、女の子を守るような男らしさを持った人は絶滅の危機にあるんじゃないだろうか。男らしいと思って付き合ってみたら甘えたがりの女々しい男ばかりだと誰かがブログで言っていたし。

そういえばクラスの女子が夏休み中に彼氏をつくるとか言ってたっけ。私はお婆ちゃん家でダラダラするのが好きだし、その時間を割いてまでデートするのは嫌だし、彼氏がいたとしても彼氏より友達が大事だし、好きな時間を奪われたくはない。

宿題に、夏休みの日記こそないけれど、今年の夏はお狐さま一色になりそうだ。

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©Kamikawa
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