ル イ ラ ン ノ キ |
“お前に疲れたんじゃねーの? お前うっとうしいから”
バットに言われた言葉が頭から離れなかった。シーツはジャックのことが好きだった。ゾンビのことだって臭いししゃべれないけど好きだし、バットのことも好きだった。なぜならともだちだから。
「ジャックはボクのこと嫌いなのかな……」
なんだか不安になってきた。うっとうしいと言われたらそうかもしれない。よく邪魔するなとか、うるさいとか言われる。
バットの住処を離れたシーツは、行く当てもなくただ森の中をさまよい続けた。
バットはともだちを増やせと言っていた。でもともだちの増やし方なんてしらない。
「そういえばジャックとはじめて会ったのっていつだったかなぁ」
考え事をしながら浮遊していると、いつの間にか森を抜けていた。眼下にはいくつもの家が並んでいる。人間が住む世界が広がっている。
「ジャックとはじめて会ったのっていつだったかなぁ」
繰り返しそう言った。思い出せないからだ。気付いたときには側にいて、それからはずっと一緒だった。
「ジャックとはじめて会ったのっていつだったかなぁ。いつだったかなぁ」
ひとつひとつ、覚えている記憶を辿ってゆく。
シーツは覚えるという作業が苦手だった。“今”に夢中で、今が大事だった。過去を振り返ったりは滅多にない。あるとしたら楽しいことだけ。
去年のハロウィンは大変だった。もうすぐハロウィンだっていうときに魔女につかまってしまったのだ。でも、ジャックたちが助けてくれた。嬉しかった。
その前のハロウィンはなにをしたっけ?
「んーっと……えーっと……そうだ! 人間の男の子と会ったんだ!」
そして驚かせてお菓子を奪ったんだ。奪ったお菓子は少しだけゾンビにあげた。
その前のハロウィンはどうだったかな。
「んー……」
そうだ、その前はゾンビが一緒だった。ゾンビが臭いから人間に嫌がられて、それから引きこもりになったんだ。──じゃあその前は?
「…………」
考えても考えても、思い出せない。
そうこうしていると、見慣れた家を発見した。2つ前のハロウィンで出会った人間の男の子が住んでいた家だ。
シーツはその家の屋根に下りて、もう一度記憶を辿った。
すると、懐かしい香りが鼻をついた。シーツに鼻はないはずなのだが。
「なんだろう」
どこから漂ってくるんだろう。風に乗って流れてくる匂いを辿ってゆく。
心がくすぐったくなる匂い。遠い記憶をくすぐる香り。
──ボクはこの香りを知ってる。
ジャックのことで悩んでいたのも忘れて、シーツは匂いの元を辿っていった。
━━━━━━━━━━━
その頃ジャックは漸く身体を起こして隠れ家を下りた。
「新しいかぼちゃ探さないとな……」
心が晴れないけれど、一年に一回しかないハロウィンを蔑ろには出来ない。足取りが重い中、暗いうちに人間が住む町まで行って、大きくて綺麗なかぼちゃを盗まなければ。
「シーツとなんかあったのか?」
バサバサとジャックの元にやってきたのはコウモリのバットだ。
「あいつからなにかきいたのか……お喋りなやつ」
「お前に元気がないって心配してたぞ」
「…………」
「らしくねーな」
「お前になにがわかるんだよ」
森の中を抜けながら、どの畑を狙おうか考える。毎年候補は3つくらいある。ロビンという人間の畑では毎年大きなかぼちゃが実るが、硬くてくりぬくのは一苦労。トーマスという人間の畑では夜でもわかるくらい色鮮やかなかぼちゃが実り、味も抜群だが大きさはいまいちだ。エディという人間の畑では大きくて色も鮮やかでくり抜くにも苦労はないが、毎年かぼちゃをつくっているとは限らない。
「シーツも連れてくんだろ? 今年も」
「…………」
「オレあいつに余計なこと言ったかも」
「なんだよ」
「お前うっとうしいからお前のこと嫌になったんじゃねーのって」
「…………」
ジャックは足を止めた。
「ごめん」
と、さすがに勝手なことを言ってしまったと反省するバット。
けれど、ジャックはバットを責めたりはしなかった。
「別にそれでいい。今年はひとりで参加する」
「なんだよそれ。ほんとにシーツのこと嫌になっちまったのか?」
「……それでいい」
それでいいってなんだよ。と、バットは再び歩き出したジャックの背中に向かって言ったが、返事は返ってこなかった。
だからと言って放っておけるはずもない。ジャックとシーツに出会ったのはちょうど一年前だが、それでも大切な友達だ。コウモリ仲間以外の、大事な友達だ。亀裂が入るのは嫌だった。
バットは羽を羽ばたかせ、墓場に向かった。そろそろゾンビが帰ってくるのではないかと思ったからだが、夜はまだ長い。もしかしたら帰ってこないことも考えられる。帰ってこなければ探しに行くまでだが、デートの邪魔をするつもりはない。
「ケンカしたわけでもなさそうだし、なんなんだよ……」
今年は一人で参加するだって? そんなつまらないハロウィン、楽しめるわけがない。
[*prev] [next#]
Thank you... |