voice of mind - by ルイランノキ


 相互扶助15…『戦闘』

 
階段に座り、うとうとと眠りかけていたアールの耳にゾロゾロと歩いてくる足音が聞こえてきた。座ったまま背伸びをして、頬をペチペチと叩いて眠気を覚まし、階段を下りた。右通路からシドを先頭に一行が戻ってきた。
 
「おかえり……」
 と、少し気まずそうに言うと、シドは目も合わさずに舌打ちをした。
「向こうにあるBの扉の鍵を手に入れました。アールさんも向かいますか?」
 と、後から来たルイ。
「あ、うん」
「後でまた大百足がいる通路へ戻ります。一番奥に、最後のと思われる扉がありましたので。その扉にはパズルとCと書かれた鍵穴がありました」
 ルイはそう説明しながら描き上げた地図を見せた。
「その大百足、どうにかできない……? 地面に沈めるとか」
「大きすぎて今の僕の力では……」
「仕方ない」
 と、呟いたのはジョーカーだった。来た道を一人で戻ってゆく。
「なんて言ったの?」
 と、聞こえなかったアール。
「『仕方ない』と。もしかしたら彼なら可能なのかもしれません」
 そう言うと、興味を示したカイが後を追うように様子を見に行った。
 
ジョーカーが大きな鎌を大百足に傾けると、忽ち大百足は沈むように地面の中へと消えていった。
 
「それさぁ、生きてる人間に対しては使えないよね?」
 と、カイ。
「……試してみるか?」
「結構です。」
 と、カイは逃げるように戻ってきた。
「アール、ムカデっちいなくなった」
「ほんと? ほんとに?」
「うん、この目で見た。地面から這い出てこないかぎりだいじょーぶ」
「気持ち悪いこと言わないでよ!」
「では」
 とルイ。「Bの扉の先へ急ぎましょう」
 
ベンがBの鍵を使って扉を開けた。ルイが描き上げた地図を見る限り、この通路は広くはないはずだ。ただ、階段から左通路の一番奥の通路を通ったベンの話では、ある位置から突き当りの壁まで細く直線の通路が伸びていたという。階段下から、まっすぐ行った道と比較して、Bの通路の先は広いスペースがあるように思えた。
 
実際、B通路を進んでいくと左右に枝分かれしている道はほとんどない。道の横に四角い小さなスペースがいくつかあり、そのうちのひとつに宝箱が置かれていた。中には万能薬と毒消しが入っていた。
 
「この先に魔物がいるのだとしたら毒を持っている魔物でしょうね」
「ムカデは嫌……」
 と、アール。
「ムカデではないと思います。魔物を確認するまではアールさんは後ろの方にいてください」
 
アールが通路の端に寄ると、男たちはぞろぞろと先を進んだ。そして、予想していた通り、突き当りの左側には広いスペースが設けられ、Cの鍵が入った箱を守る魔物が待機していた。蟹のような硬い爪を持ち、胴体は蜘蛛のよう。長く反り返った尾の先には鋭い毒針がある。
 
「ジャイアントスコーピオンか……」
 と、シドが刀を抜きながら呟いた。
「警戒してください。毒針は厄介です。先ほどの大百足より強力ですから」
 
アールがジャック等を押しのけて前へ出てきた。魔物を目で捉え、険しい表情を浮かべるも戦うと決めて剣を抜いた。
 
「アールさん、スコーピオンは初めてでは? それに体が大きいわりにスピードがあるのでここは──」
 言い終わる前にシドが口を開いた。
「考えてる暇はねーぞ」
 スコーピオンが目の前に迫っていた。
 
シドの振った刀がスコーピオンのハサミとぶつかり合った。高い音が響き渡り、弾かれそうになったがシドは自ら刀を引いて地面を転がり、横に着いた。動きを鈍らせようと足を狙って刀を振るうも、素早い動きで交わされ、真横にまで迫っていた毒針をジャンプで交わした。
その一連の流れを目で追っていたアールは、自分が攻撃するタイミングを掴めずにいた。
 
「無理はしないでくださいね」
 と、アールに言ったルイもシドの動きを目で追った。
 
スコーピオンは壁をも上り、シドの攻撃を避けた。広いスペースとはいえ、攻撃魔法を仕掛けるには狭い。下手すれば天井が崩れ落ちるだろう。
スコーピオンの尾は蛇のように不意をついて素早く突き刺してくる。その動きを読みながら攻撃をしなければならない。毒針の攻撃をジャンプで交わしたシドはスコーピオンの胴体の上に着地、刃先を下に向けて突き刺そうとしたが、スコーピオンは地面を転がるように体を一回転させた。危うく潰されそうになったシドを、ルイが風の魔法で吹き飛ばした。吹き飛んだシドはそのまま壁に両足をついて蹴り上げた。体勢を整えているスコーピオンの尾を斬り落としに掛かる──
 
「シドッ!?」
 
シドの防護服を貫いて、毒針がわき腹を刺した。シドは呻き、地面に転がった。スコーピオンが再び毒針を翳したが、ルイが結界でシドを囲んだ。
 
「シドさんしっかりッ!」
 駆けつけようにも結界の上に覆いかぶさるようにスコーピオンが上る。
 
見ているだけだったアールが地面を蹴って走り出した。スコーピオンの背後に回ると、スコーピオンはアールを標的にして向きを変えた。
睨みあうアールの額に嫌な汗が滲む。そして、スコーピオンはアールを目掛けて飛び上がった。その瞬間、アールは身を屈めて腹の下に滑り込み、剣の刃を押し当てた。
 
「シドさんッ!」
 
アールを気にかけながら結界を外し、シドを通路まで移動させ、毒消しを飲ませた。宝箱から入手した毒消しは強力だったためすぐに効いたが一回分しかない。
 
スコーピオンの腹を切り裂いたアールは、どろりと流れ落ちてきた血液をもろに浴びてしまった。首の襟から入り込んだ血液はアールの皮膚を焼くような熱を帯びており、あまりの熱さに起き上がれずに体を掻き毟りながら地面の上をもがき苦しんだ。そこにスピードを落としたスコーピオンが押し迫る。
 
「退け」
 シドは脂汗を滲ませながらルイを押しのけ、アールを庇うように立ちふさがり、力任せに刀を振るった。
「熱いッ……熱いッ!!」
 
首を真っ赤に染めながらのた打ち回るアールの腕を掴んだルイ。そこにベンが駆け寄って手を貸した。通路に運ぶとき、誰かがすれ違いにスコーピオンに向かって行った。ルイに確かめる余裕は無く、持参の毒消しをアールに飲ませた。しかし効き目はいいとは言えない。
 
「万能薬使え」
 と、ベンは熱さに暴れるアールの体を押さえつけた。
「はい……」
 ルイは焦りながら万能薬を半ば強引にアールの口へ流し込んだ。
 
シドの視界に入ってきたのは、ブーメランを構えたカイだった。
 
「お前ッ……」
 足を引っ張る面倒な奴が入ってきたと思ったが、その真剣な眼差しに口を閉ざした。
 
カイはスコーピオンの背後から低姿勢でブーメランを投げ飛ばした。ブーメランはスコーピオンの体にめり込み、壁へと押しつぶした。血液が飛び散り、カイは逃げるように通路へ出た。
 
「あーぶないあぶないっ!」
 
まだ動きを止めないスコーピオンに止めを刺したのはシドだ。尾を切り落とし、頭に刀を突き刺した。
 
「大丈夫ですか?」
 と、アールを看病しながらカイを見上げるルイ。
「俺っちは大丈夫……」
 と、不安げにアールを見下ろす。
 
暴れまわっていたアールは体に流れた毒を消し去って落ち着きを取り戻したが、皮膚の火傷はまだ残っている。すぐにでも治療をしたいが、万能薬は強力な薬だ。少し間を取ったほうが身体への負担は減るだろう。
 
シドはカイのブーメランとCの鍵を持って通路へ向かおうとしたが、足を止めた。壁にパズルが描かれていることに気づいたからだ。
 
「あ、ブーメラン取ってくる」
 と、カイが戻ると、シドが壁を見つめていた。
 
気まずそうに後ろから近づき、ブーメランをシドの手から取り上げた。
 
「さーせん……」
「あ? あぁ……それ血液ついてんぞ」
「エッ?!」
 よく見るとスコーピオンの飛び散った血液がついている。その部分だけ塗装が溶けたようにはがれていた。
 
シドは通路に出ると、箱をベンに渡しながら壁に描かれていたパズルについて知らせた。それを聞いていたルイがノートとペンを取り出してベンに渡した。
 
「すみませんが描き写してもらえますか」
「…………」
 ベンは受け取ったが、めんどうに思ったのかそのままジャックに渡した。
 
ジャックはそれを持って壁のパズルを確認しに行った。カイがジャックに気付き、声をかける。
 
「消毒的なもの持ってない? ここ、毒ついた」
「悪いが……」
 と、答える。
「ルイー」
 と、仕方なくブーメランを引きずるように通路へ運び、ルイに助けを求めた。
 
アールのこともあり、しばし休息を取ることになった。
 

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©Kamikawa
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