voice of mind - by ルイランノキ |
夢を見た。
私の部屋に雪斗がいて、母がお菓子とジュースを運んできてくれて、他愛のない会話で笑い合う、そんな夢。
夢から冷めたときの気分は最悪だった。吐きそうになって胸を押さえたほどだ。
──雪斗の声ってあんなだったっけ……?
それに、最近出てきてくれない。拒んでいたのは私だけれど。
ねぇ久美。
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布団を畳んでテントを出ると、既にテーブルには朝食が並んでいた。美味しそうなサンドイッチと、ミルクコーヒーの匂いに目が覚める。
「おはようございます、アールさん」
ルイの笑顔に「おはよう」と返して椅子に座った。
「あ、カイ起こしてこようか?」
「いえ、僕が起こしますので、アールさんはゆっくり朝食を」
「ありがとう」
と、コーヒーカップに手を伸ばし、思い出したように訊く。
「ヴァイスは?」
「え? えっと、またどこかへ行かれているようです」
テントに入ろうとしていたルイがそう答えた。
「そっか」
アールはミルクコーヒーを飲んで、サンドイッチを口に運んだ。
最近特にアールがヴァイスを気にかけているような気がしたルイ。カイを少し強引に起こしてテントから出すと、アールの隣に座らせた。カイは目を閉じたままふらふらしている。
「カイ、おはよ」
「んー…」
目を閉じたまま、あわよくばこのまま眠れないかと思っているようだ。
ルイがカイのコーヒーをマグカップに注ぐ。それを見たアールが小声で提案する。
「ブラック」
と。
ルイはアールの提案ににこりと微笑んで、言われた通りにミルクと砂糖は入れずにブラックコーヒーのまま差し出した。 アールがそれを受け取り、まだ眠気眼のカイの手に零さないようにと握らせて口へ運ばせた。
「カイ、甘いコーヒー入ったよ。熱いからこぼさないようにね」
「んー…」
と、カイは目を閉じたまま、アールの手も借りて口へ運び、ズズズと飲み込んだ。
「くあッ?! 苦いッ!!」
あまりの苦さに手からカップが滑り降りてカイの膝の上にばしゃりと零れた。
「んあぢぃーッ!!」
咄嗟に立ち上がり、椅子が後ろに倒れてカイもバランスを崩し、横転した。
「痛ぁああぁいッ!!」
「大丈夫ですかっ?!」
と、思いのほか大惨事になって慌てたルイが手を貸した。
「カイごめん……まさかこんな大騒ぎになるとは思わなかった……」
アールはそう言って地面に落ちたカップを拾った。
「火傷しませんでしたか?」
ルイはシキンチャク袋から低温火傷に効く塗り薬を取り出し、カイに渡した。「テントへ」
「テントに戻ったら寝ちゃうからここでいい」
と、カイはズボンを下ろした。
アールは咄嗟に目を逸らしたが、カイの可愛いひよこ柄のボクサーパンツが目に焼きついてしまった。
「んもう、アールってば最近女王様気質だよねぇ」
太ももが膝にかけて赤くなっている。ルイに薬を塗ってもらいながら文句をたれる。
「ごめん、眠そうだったからブラックコーヒーでも飲めば目が覚めるかなって思ったの」
そう言いながら、組織の連中がいないことに気付く。彼らのテントもない。
「シドたちは?」
「この近くにアーム玉の反応があったとかで、先に朝食を食べてから運動がてら見に行かれましたよ」
「シドたちもアーム玉探知機みたいなの持ってるの?」
「そのようです。僕がモーメルさんからいただいたデータッタにはなんの反応もないので、高性能かもしれませんね」
「モーメルさんが作るものより高性能なものってあるんだ……」
「アールはどんだけモーメルばーちゃんを特別視してるんだろう」
「だって国家魔術師って言ってたから一番すごい人なのかなって」
「アールはどんだけ単純なんだろう」
「カイに言われたくない」
と、コーンスープに手を伸ばす。
「国家魔術師と言ってもモーメルさんだけではありませんからね」
と、ルイは薬を塗り終えて、カイにズボンをはかせた。
「それにモーメルさんはジャンル問わず色んな物を作り出しますが、魔術師の中には専門家もいらっしゃいますから。アーム玉の探知機をより性能を高める研究をされている方もいらっしゃるでしょうから」
「そっか」
「アールん俺のパンツ見たでしょ」
と、椅子に座りなおす。
「目に入っただけ」
ルイは自分のコーヒーとカイのコーヒーを入れなおし、椅子に座った。ルイは先に朝食を済ませている。ふと、カイの顔を見て目の下にクマができていることに気付いた。そういえば夜中に何度も寝返りを打っていたような気がする。それに最近は寝言も少ない。あまり眠れていないのだろうか。
「カイさん、寝不足ですか?」
「ん? そんなことないよ」
「カイが? まさか」
と、アールは目を丸くしてカイを見遣った。アールにもカイの目のクマが気になった。
「そのまさかなの……?」
「そんなことないよ」
カイはサンドイッチにほお張ってスープを飲んだ。
「やはりなにか……」
なにかあったのですか?と訊こうとして、思い当たる原因を口にした。「シドさんのことで気に病んでいるのですか?」
「まぁそれはそうだけど」
「…………」
ルイとアールは無言で顔を見合わせた。
彼は頑なに何かを隠している。アールにもルイにも言えない何か。
「今夜、寝る前に睡眠薬を出しましょうか」
「スイミン効果の魔法をかけてください」
「攻撃用の魔法を浴びるのは体によくありませんよ。それにスイミンは一時的なものですので」
「冗談だよ」
「…………」
冗談ひとつを言うにも、元気がないように思う。
朝食を食べ終えると、アールは軽くストレッチをはじめた。体を慣らすために休息所内を3周走っていると、ヴァイスが戻ってきた。準備を終えて休息所を出ると、シドたちが待っていた。
少し肌寒く感じる気温だったが、歩き出したことで適温になった。定期的に現われる魔物を倒しながら、目的地、【リンドン村】へと一行は向かう。
カイは時折しんどそうにブーメランを担ぎなおし、シドの背中を眺めてはつまらなそうに視線を落とした。
Thank you... |