voice of mind - by ルイランノキ


 相互扶助2…『人の子』

 
時刻は0時を回ろうとしていた。
宿の外に出てきたのはジャックだった。真っ暗で外灯も少ない村を眺め、適当な場所に腰を下ろした。ポケットからくしゃくしゃのタバコを取り出して、一本口にくわえた。
 
この先に待ち受けている“何か”に恐怖を感じる。世界の未来は今、光と闇、どっちに向かっているのか。
 
「逃げ出したのかと思いましたよ」
 と、後から外に出てきたのはクラウンだった。なにもない場所からライターを出してみせ、ジャックがくわえているタバコに火をつけた。
「逃げる? なにからだよ」
「さぁ、あなたが怯えているものから」
「…………」
 
クラウンはフードを被っており、立ったままジャックを見下ろしている。
こんな時間に外を歩いている住人はひとりもいない。無人のような静けさだった。
 
「あのジョーカーってやつ、あんま喋らねーから気味が悪いんだよ。狭い部屋でずっと一緒にいたら息がつまる。仮面のせいでどこ見てんのかもわからねーし」
「それには同感だ」
 と、笑う。
「あんたも見たことないんだろう? ジョーカーの顔」
「あるさ。一度だけだがねーえ」
「本当か? 前に素顔は知らないって言ってなかったか? ……つか正体隠してるわけじゃねーのか」
 と、タバコをふかす。
「本人が近くにいましたからねぇ。こっそり見てしまったのさ。奴には顔がない」
「は?」
 と、怪訝に見上げた。
「噂によると幼いころに大やけどしたそうだ。人間の顔とは思えない容姿だった」
「……へぇ」
「左右の目の大きさは違い、眉毛はない、鼻の形も変形し、凹んでいる。口も唇はない。火傷をすると皮膚が薄くなりますからね。全体的に溶けた蝋燭のようにつるつるしていましたよ」
「具体的にどうも」
 と、苦笑した。
 
自分は一体何をしているのか、わからなくなるときがある。アールやジムのことが知りたくて組織に足を踏み入れた。そして真相を知った。
これから自分に出来ることは何が残されているだろうか。組織を裏切る行為は死を招く。それを覚悟で、信じたいものを貫き通したい。一度は失いかけたこの命、後悔のないように使いたいと思っている。
 
「吸うか?」
 くしゃくしゃのタバコをクラウンに差し出した。
「いや、私はタバコが嫌いでねぇ」
「じゃあなんでライター持ってんだ」
 と、煙を吐きながら笑う。
「元サーカス団だからねーえ。小道具はかかせない」
「サーカスか……まともに見たことねえな」
 
決して裕福な家庭ではなかった。学校もそこそこに働き始めて、親元を離れるのも早かった。
サーカスなど見に行く機会などなかった。
 
「サーカスはいいぞ。笑いが絶えない。私の父がサーカス団の座長だった。どんなときも笑わせてくれたものさ」
「父親に憧れてサーカスはじめたのか」
「父親に憧れたというより、母に笑っていて欲しかったからさ。父は不慮の事故で亡くなってね」
「そうか……お前も人の子なんだな」
 
人の数だけ物語がある。今も物語が作られている最中に、誰かと互いの物語が交わり、離れ、繰り返され、出来上がってゆく。
 
「お前はなにを守りたい」
 クラウンはジャックを見下ろし、続けて言った。
「私は同じ時を生きる同士を守りたい。この命を捧げてでもシュバルツ様の力になり、それを妨げているものを排除する」
 
宿を見上げた。妨げるもの。それはグロリアの存在だった。
組織は世界平和を夢見ている。
 
「俺だって世界を救うことに荷担できるなら救いたい……」
 
けれど、どうしてもアールが世界を破滅へと向かわせる厄介者だとは思えなかった。
はらりとタバコの灰が落ちた。固まっていた灰は微かに吹いた風によって散り散りになって流されていった。
 

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