voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生25…『受け渡し』

 
人生計画を立てても計画通りにいかないのが人生だ。
それでも手に入れたい未来を手に入れるために、“今”を懸命に生きている。
 
本能のままに生きられないのが人間だ。
人間はなんて面倒な生き物なのだろう。
他の動物とは違う、ルールでがんじがらめになりながら生きている。
 
目的地へ向かう道中、何度か魔物が現われた。
ジャックが身に着けていた魔物を寄せ付けない魔道具の効果が切れたのか、もしくは戦わずに目的地までただ歩き進めることに嫌気がさしたからなのかはわからないが、魔物が現われるとシドが率先して相手をしてみせた。
残念ながらクラウンとジョーカーが戦っている姿を見ることはなかった。アールたちも、手を貸すほどの魔物は現われなかったため、大人しく後をついて歩いただけだった。
 
組織の連中が待ち合わせをしていた場所に到着したのは午後2時過ぎだった。そこは休息地で、聖なる泉もあったが、そこを守る結界の力が消えており、足元は草で生い茂っていた。
アールたちはその休息地の外で待たされることになった。
休息地を示す岩にはめ込まれている魔法石は光を失っている。
 
「ここって長らく旅人とか訪れてないってこと?」
 と、アールはルイに訊いた。
「えぇ、ここよりあと少し歩けばまた休息地があって、そちらの方が広いのでみんなそこへ向かうのでしょう。結界が切れているとわかれば尚更」
「そっか」
 と、アールは近くにあった岩に腰掛けた。
 
カイは地べたに座り、シキンチャク袋から水筒を取り出して水を飲んだ。
 
「アーム玉を渡すって……コモモさんたちのもかな」
 アールは呟くように言った。「シドなんでしょ? 取ったのって」
「えぇ……おそらく」
「気付かなかったの? シドと一緒にいたのに」
「すみません……」
 と、視線を落とした。
「ごめん、責めてるんじゃないの。気付くわけないよね……。私はあの場にいたわけじゃないけど、ジャックさんは生死をさまよっていたわけだし、シドが組織の人間でアーム玉を奪おうとしているなんて考えもしないんだから……」
 
ヴァイスもカイも、黙ったまま話に耳を傾けている。時折涼しい風が通り過ぎて、歩き疲れて熱っていた体を冷やした。
 
「アールさん……もし、彼らと戦うことになったら……」
 と、ルイは言葉を濁した。
「うん、覚悟はしてる。シドとは戦いたくないけど、向こうが本気で殺しにかかってくるなら私は……」
 
殺しにかかるだろうか。
やるかやられるかだとしても、シドを殺そうと思うだろうか。
 
思わない。
 
「僕は、アールさんを助けます」
「え……?」
 アールがルイに目を向けると、ルイは真剣な眼差しを向けていた。
「もしもシドさんが貴女に危害を加えようとするのなら、僕はどんなことをしてでも貴女を助けます。たとえ彼を、死に追いやることになったとしても」
 
 彼を殺してでも 貴女を助けます
 
ルイはそう言った。
そしてカイも、小さく頷いていた。
 
世界を救う。その救世主を救う。与えられた使命を全うする。その為には何かを犠牲にしていかなければならない。一番手に入れたいものを手に入れる為に、妨害になるものは切り離していかなければならない。
迷ってる暇はない。

「…………」
 アールは返す言葉を見つけられず、優しく微笑んだ。
 
感謝の言葉を言う気にも、軽々しく「殺さないで」という気にもなれなかった。
けれども、アールの心に芽生えた確かな感情があった。
 
仲間に“仲間”を殺させたくはない。
 
━━━━━━━━━━━
 
休息所で待機していたシドたちの前に現われたのは、三角形の服を頭から被った男だった。顔は目元だけ四角に切られた穴から見える。体格とその声からして男だとわかるが、なんとも妙な出で立ちだった。
 
「第三部隊の隊長は誰だ?」
「俺だ」
 と、シドが歩み出る。
「お前が座を射止めたのか」
「なんか文句あるような言い方だな」
「やめろ。楯突くな」
 と、ベンが歩み寄った。「第一部隊に歯向かうと面倒だ」
「こいつが?」
 シドは怪訝な表情で男を見遣った。
「俺は第一部隊とはいっても、アーム玉の収集係だ。なめられても仕方がないが、戦闘力はなめられちゃ困る。貴重なアーム玉を管理するにはそれなりに守れる者じゃないとな」
「エルドレットがいたときは直接持って行っていたようだったがお前に渡していたのか?」
「いや、彼は“信用”されていたのでね」
「どういう意味だよ。俺は信用できないってのか」
「君の話は聞いているよ。グロリアの疑いがかかっている者に“一番近い男”だったからね。第三部隊は使える者が多いと思っていたが……お門違いだったようだ」
 と、男はクラウン・ジャック・ジョーカーに目をやった。
「仲間はほとんど殺され、命乞いでもするかのように下っ端を仲間に入れるとはな」
 
カッとなったシドが男の胸倉を掴みそうになったが、ベンが手首を掴んで阻止した。
 
「落ち着け。仕方ないだろう。頭を失って不安定なのは確かだ。信用を取り戻せるように精進するしかない」
「クソッ」
 シドは苛立ちながらベンの手を振り払った。
「アーム玉を渡せ」
 と、男は手を差し出した。
「全身変なコートで隠しやがって。組織の人間だって証拠見せろ」
「…………」
 男はため息をつき、袖をめくって属印を見せた。「さ、渡せ。暇じゃないんだ」
「ジャック」
 と、シドはジャックに目をやった。
 
ジャックは慌てながらシキンチャク袋から大きな宝箱を5つ取り出した。そして鍵を開けてアーム玉が入っているのを確認させ、引き渡した。
 
「お前たちが所有しているアーム玉が他にもあることはわかっている。あまり妙なことは考えないことだな」
「…………」
 その言葉に眉をひそめたのは元第十部隊のクラウンだった。
「隠してんのか」
 と、シドはクラウンを見遣る。
「隊長だというのに把握していないとはね」
 男はそう言って受け取ったアーム玉を自分のシキンチャク袋にしまい、代わりに分厚い茶封筒を取り出して乱暴にシドに渡した。「報酬だ」
「…………」
 シドは怒りを抑えるのに必死だった。見かねたベンがお金を引き取った。
「アリアンの塔の探索依頼も来ているんだろう? “仲良く”探索していい報告待ってるぞ」
「いちいち腹立つ言い方だな」
「あの女のアーム玉もな」
「…………」
「仲良しごっこは楽しいかい?」
「──ッ?!」
 
痺れを切らしたシドが手を出すと、男は交わすように地面に広がった魔法円の光に包まれてどこかへ移動してしまった。
 
「ッだぁークソッ!!」
 募り募った怒りを発散させるように、刀を抜いて近くの木を斬り倒した。
「落ち着け。子供のように自分をコントロール出来ないなら隊長の座を降りてもらうぞ」
 と、ベン。
「…………」
 シドは険しい顔をして、刀を鞘に納めた。
「──で? 他にもアーム玉を隠しているのか?」
 ベンはクラウンに歩み寄った。「なぜ渡さない」
「命が惜しくてねぇ。別によからぬ事に使おうなんて思ってませんよ。全部渡してしまえば用無しだと思われて消されるのがオチでしょう」
「今は三部隊に入ったんだ。消される心配もないだろ。帰ったら全部渡せ」
「……わかりました」
 

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