voice of mind - by ルイランノキ |
グランドルバードの首が斬り落とされたのは15分ほどしてからだった。
地面に横たわって息絶えたのを確認したシドは、ドルバードの血がついたままの刀の刃先をカイに向けた。
「なんのつもりだよ……」
「あ……えーっと……」
「すみません」
と、ルイがうろたえているカイの横から口を挟んだ。
「カイさんがこのようなものを持っているとは知らなかったので。許してもらえませんか」
「…………」
シドは鋭い目つきでカイを睨んだ。
「ごめん……」
蛇に睨まれた蛙のように、肩をすくめて謝った。
「次はねーからな」
「はい……」
シドは刀を仕舞い、歩き出した。他の連中もカイを一瞥し、嫌悪感を向けたがなにも言わずに歩き出した。
「余計なことしないの」
と、アール。
「ごめーん……」
「でも、お陰でシドの実力見れた気がする。疲労を感じなかったからもっと強いんだと思うけど」
「俺、クラウンとジョーカーのこと知りたかったのに」
と、肩を落とす。
「わかってますよ。それにしても、おいくらしたのですか……」
ルイはそう言って、カイの首にかかっているホイッスルを見遣った。
「お小遣いなくなりました」
「…………」
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眩しい日差しが照りつける。
額の汗をハンカチで拭い、ポケットにしまってからモーメル宅のドアをノックしたのはスーツ姿が様になっているギップスだった。
「遅かったじゃないか」
と、ドアを開けたモーメル。「なんだい、疲れきった顔をして」
「いや、今日は少し朝からスケジュールが一杯でして、走り回っておりました。遅くなってすみません」
「まぁいいさ。──上がんな」
ギップスが室内に足を踏み入れると、部屋の中はタバコの白い煙が充満していた。目を細め、これではドアを閉められない。
「あの、換気したほうがいいのでは?」
モーメルは言われて気付いた。周囲を見遣ると天井は煙で真っ白だ。
「おやまぁ……窓を開けるよ。そっちは閉めておくれ」
「はい」
ギップスはモーメルの様子が気になった。いくつものキーボードが置かれたテーブルの隙間にある灰皿には納まりきれないタバコの吸殻があふれている。
「あの、ミシェルさんは?」
「あぁ、言わなかったかい? 旦那と引っ越したよ」
と、窓を開ける。
「そうでしたか……」
「まぁ、寂しい気もするが静かになったから作業が捗るってもんさ」
「今はなにを作ってらっしゃるのです?」
「──今日はそんな話をするために呼んだんじゃないんだよ」
「あ、はい……」
いつになく真剣な表情に、動揺した。モーメルはギップスを席に座らせ、一先ず台所へ移動した。
待たされているギップスはあれこれと想像を膨らませた。なんの用件で自分を呼び出したのか。同居人がいなくなったから、一緒に住まないか?というお願いだろうか。いや、それはないだろう。彼女は元々ひとり好きだ。新作魔道具の手伝いだろうか?それならさっきそう言うはずだ。私が製作した魔道具に関することだろうか。それとも……アールさんたちに関することか?
「紅茶でいいかい」
と、モーメルが二人分の紅茶を入れてきた。テーブルに運び、向かい側に座った。
「いただきます」
とりあえず紅茶を一口頂くも、モーメルはなかなか話を始めなかった。
しばらく無言の時間が流れ……
「ギップス」
「あっはい……」
紅茶があと一口でなくなろうとしているときだった。
「あんたを弟子だと認めたことはないけれど、あんたの忠実さや真面目さ、魔道具を作り出す感性、その力も、認めているよ」
「はい……ありがとうございます」
「こんなことを頼むのは……酷かもしれないが……」
と、顔を伏せた。
「あの……なんなりとお申し付けください。私でお役に立てることがあるのでしたら……」
「今はまだ詳しくは話せないんだけどね。そのときが来たら、あんたにも」
「私にも……?」
「重い罪を背負ってもらうかもしれない」
モーメルはそう言って、ポケットから新しいタバコを取り出して火をつけた。その手が微かに震えている。
「え……どれはどういう……」
「すまないね……なるべく巻き込まないように努力するさ」
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モーメル宅を出たミシェルは、新しい土地での生活が始まっていた。
まだほとんどの荷物がダンボールにしまってある。その中から自分の服を取り出して、クローゼットに掛けてゆく。
「…………」
ふいに手を止めて、考え込んだ。
アールに知らせるべきか、未だに悩んでいた。
──彼女はきっと今仲間とのことで大変な時期よね。私の現状なんて彼女の旅には関係ないのだから、無理に知らせる必要なんてない。
「シドくん……戻ってくれたらいいけど」
それにモーメルのことも心配だった。またアールを狙う組織の人間が訪れたりしないだろうか。それだけじゃない、体のことも心配だった。実験に夢中になるとタバコは欠かせないし、食事をするのを忘れる人だ。栄養があるものを積極的に摂っているといいのだけれど。
ワオンは既に仕事に出かけていた。夜は彼が言っていた通り、昨日は突然うなされて目を覚ました。ミシェルは彼の背中を優しくさすって、彼が再び眠りにつくのを見守った。
自分も仕事を見つけなければと思う。目星はついているが、なかなか踏み出せない。仕事が忙しくなると彼を支えていけるのか不安だった。彼が望むとき、必ず傍にいてあげたい。彼の生活に合わせたい。
けれどミシェルには貯金がなかったため、少しでも将来の為に貯めておきたいという思いもあった。そして子供を迎える準備もしたい。
「きっと大丈夫」
自分に言い聞かせ、ダンボールの整理を再開した。
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「おじゃましました……」
浮かない表情でモーメル宅を出たギップス。
ゲートへ向かい、足を止めた。崖の下に広がる森を眺め、モーメルの言葉を反芻した。
アールのことなんだけどね
「…………」
アタシにはやらなきゃいけない大事な使命があるんだよ
小鳥が優雅に飛び交う外の世界を知らない。自分が外に出たのは既に小鳥が“外”からいなくなった後の世界だからだ。
ギルトって知っているかい
黒魔術師の……?
そうさ。あいつは何度かアタシのところに来てね
街の中にいる数少ない小鳥たちは、かつてどこまでも広い“外”という場所で先祖が生活をしていたのを知っているのだろうか。
あいつはアタシにとんでもないお願いをしてきたのさ
その大半は魔物に喰われてしまったことも。
とんでもないお願い?
それを実行する日が近づいていてね……
そして希望は持っているのだろうか。先祖が広い世界で過ごしていたように、この先そんな未来が訪れるかもしれないという希望を。
怖いんだよ……アタシは……
希望を持つのは、人間だけだろうか。
生きとし生けるものすべて、希望を、夢を、見るのだろうか。
怖いのさ……
Thank you... |