voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考28…『焼け残った真実』


『詳しく話してください』

電話の向こう側から、ルイの声がする。シドは窓の外を眺めながら渇いた笑いをこぼした。

「ルイ、だから女に惚れるなと言ったんだ。あいつは世界を滅ぼす人間だ」
『……信じると思うのですか? それを』
「アマダット。お前の力は役に立つだろうな。──こっちに入らないか? バングル、好きなときに外してやる」
『シドさん……本気で信じているのですか? アールさんが救世主ではないと。彼女はいつか暴走し、世界を破滅に向かわせると』
「俺はその未来を見せられた。自分の力を制御できず暴走して世界を壊す姿をだ。その力はアーム玉なんかじゃ収まらねぇからエテルネルライトが必要なんだよ。エテルネルライトを見つけたらすぐに連絡するようにゼンダに言われてたんだろうが」
『はい……ですが、僕が聞いたのは、エテルネルライトがあれば魔法の領域が広がり、不治の病を治すことも、弱った星のエネルギーを保つことも、邪悪な力を封じ込めることも、世界を豊かにするための可能性が広がるとおっしゃられて……』
「邪悪な力? それこそグロリアの暴走だろうが」
『ギルトさんはアールさんが世界を救う未来を見て、自分の命をかけてまで彼女、グロリアを召喚したのですよ? 彼女が世界を壊す存在ならそんなことしないと思いますが……』
「いいかよく聞け。まず大前提に、歴史は間違っている。どこからやって来たのかもわからねぇ侵略者であるアリアンを、シュバルツが倒したんだ。だがギルトは言い伝えられている歴史を信じたアリアンの崇拝者だ。お前らと一緒だよ。シュバルツを悪だと思い込んでいるギルトはアリアンの封印の力が弱まりシュバルツが目覚めるのを恐れた。その恐れからシュバルツが世界を滅ぼす未来を想像した。実際、シュバルツが世界を脅かすなどそんな未来は来ないのに、だ。その自分の中でしか存在しない未来に怯え、その未来を阻止するための打開策である未来を見て、グロリアとゼンダにすべてを託した」
『存在しない未来への対策……?』
 
古くから言い伝えられてきた歴史を信じる者もいれば、そこに疑念を抱き、シュバルツこそ英雄だという説を信じる者もいる。黒魔術に関心があり、彼に尊敬の念を抱く者もいる。
なにを信じ、なにを疑うか。形の無いものほど結論付けるのは難しい。
 
「俺たちは、グロリアの暴走とゼンダの企みを阻止するため、そしてシュバルツを目覚めさせるために動いてる。元々この組織はシュバルツの目覚めを促進するためにアーム玉を集めていた。その矢先にグロリアが現れた。世界を滅ぼすほどの力を持つ存在だ。もしその力が破滅に向かえば対等に戦えるのはシュバルツの他ならない。シュバルツの目覚めが先か、グロリアの暴走が先か、だ。一番平和な解決はグロリアの力が目覚め、暴走前にその力をシュバルツに捧げることだ」
『僕は……信じられません……』
「ゼンダはエテルネルライトを使ってグロリアの力もシュバルツの力も手に入れて世界を支配しようとしている。自分の事しか考えてない。だからタケルが死んだときも何食わぬ顔でいられたんだろうが。タケルの死をぞんざいに扱えたんだろうが。俺らの命だって重く考えてやいねぇよ。おまけでしかねんだからな」
 
──その説が本当なら、僕らは世界を救う光のひとつだというのは、なんだったというのでしょう。僕らが命をかけて戦ってきた意味は、なんだったというのでしょうか。
ルイは口を閉ざし、虚空を見遣った。
 
シドの目には今も尚、雪がしんしんと降り続いている景色が広がっている。降り積もった雪は厚さを増して、一層冷たい風を吹かせた。
この部屋は割れた窓ガラスせいで体の芯まで冷えるほど寒い。白い息を吐きながら話を続けた。
 
「ゼンダはグロリアの力を我が物にしようとしている。ゼフィール国にとどまらずこの星を支配するつもりだ。国王と言う肩書きを背負った史上最悪の、ただただ魔力というものに魅了された中毒者だ」
 
 ゼンダはグロリアの力を我が物にしようとしている
 
ルイはその言葉に反応を示した。表情が曇り、嫌な汗が滲んでくる。
 
『……証拠はあるのですか? その情報源はどこに。組織の仲間が侵入していたとおっしゃりましたが、城内で起きた騒ぎによって亡くなった属印者からの情報ですか?』
「知らねーよ。上の連中から隊長を通じて流れてくる」
『…………』
「これでわかったろ。俺等こそが世界を守ろうとしてんだってことが。この真実を女に告げなかったのは、女の弱点が“精神の弱さ”だからだ。下手に刺激して力を呼び起こし、“悪”に目覚めて暴れられちゃ困るんだよ。シュバルツが長い眠りから目覚めるまでは“正義の味方”として大人しくしていてもらったほうがアーム玉やエテルネルライトも手に入れやすいってもんだろ」
 半ば呆れ気味に言って、こう続けた。
「宿敵がいようがいまいがシュバルツは目覚める時を待ってる。世界を脅威にさらすゼンダの企みをねじ伏せたいとも思ってる。グロリアの力を手に入れたシュバルツは諦めの悪い国王を朝飯前に殺すかもしれないけどな」
『……それをシドさんは望んでいる、ということですか?』
「あぁ。」
『そうですか。わかりました』
「やっと理解出来たか。それならお前も組織の人間に──」
『少し……考えさせてください』
「時間はねーぞ」
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイとカイがいる病院へ戻ろうとしていたヴァイスだったが、目の前に現われたふたりのハイマトス族に足止めを食らっていた。
 
「感染症……?」
 と、ヴァイスは訊き返した。
「俺たちがいた村で、感染症が流行っていた。空気感染こそしないが、接触したものに感染する。人へ進化する前の獣の姿をした時期に魔物から感染し、あっという間に広まってゆく。感染した者は紅い目が白く濁り始め、次第に吐き気と高熱に侵され、全身に水ぶくれの症状が出る。痒みと痛みにもがき苦しみ、死に至る」
「だから俺たちは自分の村も焼き尽くし、別の村の調査を始めた。そしてお前がいたムゲット村にて感染者を見つけた。だから村ごと消し去った」
 
ヴァイスは震える手で銃を握っていた。銃口を向けたまま、下ろそうとはしない。
 
「なにも村全体を焼き尽くす必要はなかっただろう……」
「それしか方法が無かったからだ」
 と、一人の男がシキンチャク袋から7冊に及ぶファイルにまとめた大量の資料をヴァイスの足元に投げた。
 
ヴァイスは男等を警戒しながらそれを拾い上げ、目を通した。
 
「ワクチンなどない。ウイルスの拡散を止める方法は感染者を殺すしかない」
「感染していない村人もいただろう……」
「感染して症状として現われるまでの潜伏期間は2日から1週間だ。俺たちが訪れたとき、既に症状が出ていた者は4人。それだけいれば村人の半数以上は既に感染していると言える。それだけ進行が速い」
「だからって何も告げずに焼き殺したのか」
 ヴァイスはファイルを放り投げ、再び二人に銃口を向けた。
 
落ちた拍子に開いたページには、ヴァイスの母親の顔写真が感染者として貼られていた。
 
「告げれば大騒ぎし、何か解決策があるはずだとよからぬ期待を持って逃げ惑うだろう。そうすれば人間にまで感染する。現に俺の村にいた人間の女に感染していた」
「…………」
 
今更、そんな情報を聞かされ、それなら仕方ないと簡単に割り切れるはずがなかった。いつか村を焼き殺した男を見つけ出し、仇をとることを夢見ていた。それなのに。
 
ヴァイスの肩に乗っているスーが心配そうに彼の頬を撫でた。
 
「“この村は綺麗になったな”」
 と、呟くようにヴァイスは言った。
「ん?」
「どっちが言ったのかは知らないが、私に向かって確かにそう言った。その後、私を獣の姿に戻した。人間の言葉を奪い、視力も奪った。何故だ……殺せばよかっただろう」
「…………」
 男は顔を見合わせ、ため息をついた。
「ウイルスが消えた。だからそう言った。お前に言ったわけじゃない。村人は全員死んだと思っていた。だからてっきり“仲間”だと思ってそう伝えたんだ」
「仲間……?」
「もう一人、共に調査をしていたハイマトス族がいたんだよ。燃え尽きた灰から吐き出される煙で視界が悪かった。確かめもせずに伝えた相手がお前だった」
「…………」
「まだ生き残りがいたと知って咄嗟に殺そうとした。──失敗したんだよ」
 

──失敗した。
そんな理由でなにもかもを奪われたヴァイス。
どんな感情だったんだろう。

 
「獣の姿に戻ったお前は意識を失って倒れた。てっきり死んだのだと思った。息をしていなかったからな。感染者なら触れて確かめるわけにもいかない」
 

これまで抱えてきた怒りや悲しみは、どこへも向けられず、消化も出来ず、心の中で渦巻いて、貴方を蝕んでいったんだろうね。
貴方をずっと苦しめてきた感情は、消えないまま黒い染みになって、きっと今も残ってる。
 
少しでもその染みが消えるならと思ったの
悲しい記憶が美しいものに書き変えることが出来たらって
思ったの

 
「すまなかった」
 男はヴァイスに頭を下げた。

あの時、村を焼いたのが同じハイマトス族だと気づかなかったのは、焼け焦げた臭いに鼻が利かず、目の色も違ったからだろう。
かつて幼い頃に兄として慕っていたレビが言っていたことを思い出す。
 
 人間の姿になってから、人間として生きてくために色々聞かされるとは思うんだけど、まずこの紅い眼。隠さないといけない
 
 どうやって?
 色がついた小さなレンズがあって、それを眼に入れるんだ
 うわ……痛そう
 うん、慣れるまではね
 

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