voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考27…『救護』

 
「あなた怪我は?!」
「あ……わ、私は……」
 
救護所では第二部隊によって怪我を負わされた兵士等が所狭しに横たわっていた。床は血で汚れ、四方八方から痛みに呻く声がする。ゼンダに安全な場所へ身を隠すように言われた動員兵は駆け寄ってきたリアに「怪我は?!」と尋ねられ、動揺した。
 
「大丈夫なのね?! じゃあ向こうに行ってて!」
 と、リアが指差したのは救護所の奥。
 
そこには大した傷を負っていない兵士が胡坐を組んで俯いていた。動員兵はリアに言われた通りそこへ移動すると、一人の兵士が苦笑しながら言った。
 
「お前もゼンダさんに言われてここに来たのか」
「あ……はい」
 と、ぎこちなく床に座る。
 
座る際に手を置いた床は血で汚れており、ぬるりと嫌な感触がした。ズボンで手を拭き、辺りを見回した。酷い光景だった。負傷した兵士が多すぎて治療が間に合っていない。手足が無い者もいる。そしてここで息絶えて、それに気づかれないまま放置されている兵士や、自力では動けずにその場で糞尿を垂らしてしまう者もいる。
 
リアは衛生兵等と共に駆け回っていた。そこに叫声が上がった。驚いて目を向けると、救護所の出入り口に首のない兵士が立っており、そのまま床へ倒れこんだ。
 
「……酷いわ」
 と、リアが歩み寄る。
 
首を斬られた兵士の死体を見て、気が狂ったように叫びだし、暴れ始めた者もいる。そんな彼らに手を差し伸べるのはコテツだった。
 
「落ち着いてください」
 心のケアを担当する。
 
リアは手の空いている衛生兵はいないかと周囲を見回すも、この状況でいるはずもない。そこに傷の浅い雑兵が声を掛けてきた。
 
「手伝います」
「ありがとう、助かるわ……。死体は移送魔法で共同墓地へ運ぶから、一先ず向こうへ」
 
「皆さんは手伝わないんですか……?」
 と、動員兵が同じく待機している兵士等に問う。
「手伝おうと思ったが……」
 戦いの末に負傷した兵士等の突き刺すような視線が痛かった。それにゼンダに言われたとはいえ、なにもせずに逃げてきた自分たちは隅に追いやられ肩身が狭く、彼等に顔向けができなかった。
「私は手伝います」
 と、先ほどここに逃げてきたばかりの動員兵は立ち上がった。
 
━━━━━━━━━━━
 
ヴァイスはイウビーレ家で夕食をご馳走になった。マークは彼を怖がり、常におびえていたがそれをアールは面白がっていた。
 
「またいらしてくださいね」
 と、玄関先まで見送るサンリ。
「なにかあったら連絡して?」
 と、アール。
「あぁ」
 ヴァイスは軽く頭を下げ、背を向けた。すると後を追うようにスーが家から飛び出してヴァイスの肩に飛び乗った。
「…………」
 ヴァイスはスーを見遣り、アールに視線を向けた。
「スーちゃん大活躍だったの。マークくんの相手もして疲れただろうから、一緒に連れてってあげて?」
「わかった」
 
アールはヴァイスを見送って室内に戻ると、マークがアールの足にしがみ付いた。
 
「おねーちゃん本読んで」
「だめよ」
 と言ったのはサンリだった。「疲れてるんだから。お父さんが読んでくれるって」
「やったー」
 と、リビングでテレビを見ている父親の背中に抱きつくマーク。
 
父親のトクは聞いてないぞと言わんばかりに困った顔でサンリを見遣った。
 
「どうせ暇でしょ?」
 と、笑う。
「あの……今日も泊まっていいんでしょうか」
 と、アールは申し訳なく言った。
「当たり前でしょう? ここはあなたの家なんだから。お風呂沸いてるからどうぞ?」
「あ……一番最後でいいです」
「アールちゃん」
 と、サンリはアールの両肩に手を置いた。
「はい……」
「遠慮してたらいつまでもよそよそしいままなんだから、思い切って図々しくしてればいいのよ。脱衣所に着替え置いてるから、お先にどうぞ?」
 笑顔でそう言って、サンリはリビングに移動した。
「あ……はい」
 
戸惑いながらお風呂場へ向かい、脱衣所に入ってドアを閉め、深いため息をついた。──この世界に自分の家がある。“アール・イウビーレ”の家がある。
 
受け入れるのが怖かった。
この世界に来て、どれだけ“桜井良子”から離れてしまっただろう。考えたくも無い。
 
──その頃、フマラを離れたヴァイスは町の外にある結界へと向かっていた。その矢先に、二人組みの男がフマラへ向かう道を前方から歩いてくる。フードを深く被っており、顔は口元しか見えない。瞬時に怪しいなと警戒した。
 
そして風向きが変わり、懐かしい仲間の匂いが鼻をついたとき、二人組みの男はヴァイスの目の前で足を止めていた。スーが不安げにヴァイスの顔を見上げる。
 
「生き残りか」
 
男の一人がそう言って、フードを下ろした。その男はハイマトス族特有の紅い目を持っていた。ヴァイスはその目の奥に、かつて焼かれた村が見えたような気がした。
 

誰を信じればいいのか。
このとき誰もがそう思っていたに違いない。
 
誰を信じ、誰を疑うのか。
信じていたものが壊されて、心も砕かれて、修復する時間もない。
焦る中で判断力が鈍る。
 
誰を信じるの。
わからないまま次の課題が差し迫る。

 
「お前は……?」
 ヴァイスはガンベルトに手を添えた。
「お前と同じ、ハイマトス族さ」
「ムゲット村の住人ではないようだな」
「ムゲット村? ……あぁ、やはりお前はあの時の生き残りか」
 と、隣の男もフードを下ろし、その姿をあらわにした。
 
ドクリと心臓が大きく脈打った。長い間憎しみを持ち続け、復讐心を向けていた男が目の前にいる。焼き尽くされたムゲット村に現われ、「この村は綺麗になったな」と口を歪ませて言い放ち、自分をライズの姿へと変え、目を腐らせ、言葉を奪った男が、漸く目の前に。
 
ヴァイスは憎悪に満ちた目で銃口を向けた。
 

結局、信じたいものを信じるしかない
 
私ははじめに信じていたものを信じることにしたの
そしてその結果が今に至る

 
「なぜ……村を燃やした。私の家族も婚約者も、あの火事で焼け死んだ」
「…………」
「殺す前に言い訳を聞いてやろう」
「…………」
 
二人組みの男は顔を見合わせ、微笑した。
 
「すまなかった。だがああするしかなかったのだ」
「…………」
「魔物からハイマトス族に感染する病が、人間にまで感染するのを防ぐには感染している可能性があるハイマトス族を全員焼き殺して処分する必要があった」
「なに……?」
 

信じてたくせに
 
私はここにいる

 

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