voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考21…『フマラ』

 
エルドレットとの戦闘に決着をつけ、意識を失って倒れていたアールを見つけたのは偶然そこを通りかかった猟師だった。はじめはエルドレットに気づき、既に息がないことをいいことに金目のものを盗んだ。その後、離れた場所にもう一人、倒れている人影を見つけた。近づいてみると女であることにまず驚いた。先に倒れている男と対等に戦ったのだろうと周囲の荒れ具合から察することが出来たからだ。アールからも金目の物があれば盗もうと思ったが、まだ息があることに気づき、慌てて病院へ運んだ。見殺しにするほど猟師の心はまだ腐ってはいなかった。
手当てを終えた病院側が彼女の身分証明カードを見て、そこに書かれている住所へ連絡を入れたのだった。
 
「それで私たちはあなたの家族。──ということになっているのよ」
「家族……」
 アールはテーブルに出された料理に手をつけず、話を聞いた。
「私たちが進んでゼンダさんに名乗り出たの。あなたの家族になることを希望したいと。勝手に申し訳ないけど、あなたの為なの。身寄りがないと、色々と不便だし、怪しまれることも多いだろうから」
「あの……ゼンダさんとはどういう……? それに私のこと、どこまで知ってるんですか?」
「全部よ」
 と、女性は箸を下ろし、アールを見据えた。
「あなたが別世界から来たことも、その理由も」
「え……」
「大丈夫。私たちは味方よ。私たちに限らず、フマラで生活している人たちは全員信頼して大丈夫。素性は隠しているけれど、この町の住人は皆、かつてゼフィル城で働いていた人たちなの」
「じゃああなたも?」
「えぇ、私は訓練所の調理場で。主人はゼフィル兵だったの。でも足を負傷して」
 と、女性は夫の足に目を向けた。

男性は右足のズボンを捲くって見せた。義足だった。

「ここの連中はみんなこんな感じさ。といっても、なんらかの理由で城で働けなくなった者が全員この町に集まってくるわけじゃない。志望者だけがここに来るんだ。まだ国のために力になりたい者たちの集まりだよ。諦めが悪いんだ、俺たちは」
 と、笑った。
「足は使えなくても腕やここは使えるしね」
 と、女性は頭を指差した。
 
アールは理解したように小さく頷いた。
 
「この町は一応監視下にあるからよそ者は入居できないし、信頼できる人ばかり。快適よ」
「…………」
 
そうは言っても、引っかかるのは“家族”という言葉だった。この世界での自分の家族。それを受け入れたらますます自分の世界から遠ざかってこの世界の人間に染まってゆくような気がした。そしてそれが重なって気がつけば後戻りが出来なくなってしまうような、怖さがあった。
 
「無理にお母さんって呼ばなくてもいいのよ?」
 と、女性は言う。
「この街にも度々旅人はやってくるから、変に思われないようにその時だけは家族である演技をしてくれればいい」
 と、男性もアールを気遣った。
「おねえちゃん」
 少年は口の周りにご飯粒をつけて笑った。「また本読んでね」
「……うん」
 
この世界で生きる私(アール)には、温和な両親と、可愛い弟がいた。またひとつ、自分が分離してゆく。
 
「なんで志願したんですか? 私の傍にいたら……もしかしたら危険な目に合うかもしれないのに……」
「…………」
 女性は夫と顔を見合わせ、思い詰めたように視線を落とした。
「あの……?」
「うちにはもう一人、子供がいたの。生きていたらちょうどあなたと同い年くらいの」
「あ……」
「病気で亡くなって。でもだからってあなたを娘の代わりにしようって思ったわけじゃないんだけど……ただ……なんていうか……」
「いいんです。わかりました。ごめんなさい、感謝します……」
 と、アールは深々と頭を下げた。
 
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静かな病室に、ヴァイスとルイの声が響く。
 
「無事でよかった……身分証明カードを渡しておいて本当によかったです。あそこなら安全ですから」
 ベッドで上半身を起こして話すルイ。
「そうだな」
「あ、椅子に座られたらどうです?」
 と、ベッドの横にあるパイプ椅子に目配せをする。
 
ヴァイスは椅子に座り、小さくため息を零した。そのため息は安堵から来たものだとルイは察した。
沈黙が病室内を包み込んだ。
アールはたった一人でエルドレットに勝負を挑み、勝利を手にしたのだろうか。スーも一緒だったのならスーの手助けもあっただろうが、それにしても彼女に彼を倒せるだけの力があっただろうかと、二人は物思いに耽る。
エルドレットは彼女の力が目覚めることを望んでいた。その望み通りに彼女の力が覚醒し、その力に敗北したのだろうか……。
 
「シドさんは……どこで何をしているのでしょうね」
 と、独り言のように小さくそう言った。
 
まだ終わっていない。一番の目的はまだ達成していない。
ルイは隣のベッドで眠るカイに目を向けた。彼が目覚めたとき、シドがいたらきっと怪我など忘れて飛び上がるほど喜ぶだろう。
 
組織の人間を死に追いやるということは、その度にシドをも死に追いやっていることになる。彼の腕に属印がある以上、それは逃れられない。
複雑な感情がルイの心を雁字搦めに苦しめた。
 
「早く治せ」
 と、ヴァイスは立ち上がる。
「え……」
「迎えに行くんだろう? アールを」
「……えぇ。彼女が安心できるよう、なるべく早く治します」
 
とはいえ、自分に回復魔法は使えない。医者任せになってしまうしかない。
病室を出て行こうとするヴァイスを、ルイは呼び止めた。
 
「ヴァイスさん」
「…………」
 ヴァイスは振り返ってルイを見た。
「やはり……先にアールさんに会いに行かれてください。彼女もきっとヴァイスさんの顔を見たら安心するかもしれませんから」
「…………」
「僕らの心配はいりません。ヤブ医者でない限り、回復あるのみですから」
 と、笑顔を見せる。
「わかった」
 
ヴァイスが部屋を出て行ったのを確認し、ルイはベッドに横になった。体の節々がまだ痛む。折れた腕も不恰好に包帯で巻かれている。
ヴァイスはあまり顔には出さないが、長くいるとその些細な表情の変化に気づきやすくなる。彼はアールのことをとても気にかけていた。
 
「…………」
 
ルイは心の奥底で、なにかざわめくものを感じた。不快な虫が湧いて、這いずり回っているかのような不快感。それを消し去るように大きく息を吸い込んで吐き出すと、少しでも早く眠れるようにと目を閉じた。
 

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