voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考18…『被害者』

 
「おー、シドじゃねーか! 逞しくなったなぁ!」
 リビングに下りると、ワードとベンが床に座ってテーブルを囲んでいた。
 
台所からエレーナが飲み物を運んでくる。ヤーナとヒラリーは台所で夕飯の準備をしていた。もちろん、ワードとベンの分もだ。
 
「二人も元気そうっすね」
 と、空いている場所に座る。
「最近どうだ? 腕の方は。少しは上がったか?」
「まぁ知り合いの魔術師から魔力さずかって、慣れるまでは少し手間取ったけど今はもう」
「魔法剣士か! もう俺らより強いんじゃないのか?」
 と、ワードとベンは顔を見合わせて笑った。
「いや、まだまだっすよ」
 
エレーナは飲み物をテーブルに置いて台所へ戻り、夕飯の準備を手伝いはじめた。
 
「ところで今日はどうしたんすか?」
「いや、最近会ってねぇからどうしてるかなって顔を見に来ただけだ。シドがいるとは思わなかったけどな!」
「いちゃ悪いような言い方っすね」
「いやいや、会えて嬉しいよ」
 と、ワードは昔のようにシドの頭をわしゃわしゃと撫でた。
 
シドはそんなワードの手を振り払うわけでもなく、少し照れくさそうに受け入れた。
夕飯の準備が出来、笑いが耐えない賑やかな食卓になった。
 
「シド、あとでお前の刀捌きを見せてくれないか」
 と、ベン。
「あぁ、いいっすよ」
「どれだけ成長したのか、楽しみだな」
「じゃあ飯食ったら街の表に出ます?」
「そうだな」
 
食事を終えてから、シドはワードとベンを連れて街の外へ出た。薄暗く、魔物の姿は見当たらない。それにしても、懐かしいなと思った。まだ刀を握って間もない頃、こうしてベンとワードと三人でよく魔物狩りをした。
 
「魔物呼び寄せる笛でも買ってくるか?」
 と、ワード。
「いや、もう少し向こうまで行ってみる」
 と、歩き出すシド。
「やる気満々だな」
「そりゃあ成長見てほしいんでね」
「可愛い奴だな」
 
しばらく歩き進めたシドの前に現れたのはゲルクという青い毛の魔物だった。腕を見せるには弱すぎる相手だと思ったが、すかさず刀を抜いて斬りかかった。しかし、シドは愕然とした。これまでならいとも簡単に倒せていた魔物だというのに、酷く手こずったからだ。息も切れ切れで、これでは腕が上がったと言うより、下がったと言える。
 
「シド……」
「いや……違う。おかしいな……調子が悪い。ほんとはもっと……」
「無理するな」
「無理してない……なんか……」
「わかってる。俺にも同じような時期があった」
 と、ベンとワードはシドの肩に手を置いた。
「同じような時期?」
「魔力に歪みが生じてるんだ」
「シド、魔力ってのは厄介で繊細なんだ。なんかあったんじゃないのか? 精神的に参るようなことが」
「…………」
 
 タケル
 
タケルの死だった。それ以外心当たりはない。
 
「話してみろ。少しは楽になるかもしれん」
「いや……知り合いが……死んだだけ」
 タケルのことは話せない。国家機密だった。
「そうか……。人の死ほど心を乱されるものはないな。ゆっくりでいい。ゆっくり力を取り戻せばいいさ。その知り合いの死とも向き合わないとな」
「そんな時間ないってのに……」
 グロリアの召喚まであとどのくらいの猶予があるだろう。まさか自分がこんなにも使い物にならなくなっているとは思わなかった。
「ん? 時間?」
「いや……」
「なんか知らんが、焦ってるようだな、力になれりゃいいんだが……」
「指導してもらえますか」
「まぁ……それは構わんが」
「仕事はどうすんだ?」
 と、ベンがワードに訊いた。
「下っ端に頼めばいいだろ」
「仕事って?」
 シドが話に割って入った。
「あぁ、ちょっとな」
 と、ワードが答える。
「下っ端ってことは慕われてる立場ってこと?」
「んーまぁ上には上がいるけどな。組織で動いてるんだ」
「なんの組織?」
「ムスタージュ組織っつって──」
「ワード、やめとけ。安易に話すな」
 ベンがそう言って注意を促した。
「あぁ……まぁそうだな」
「なんだよ気になる」
「あんま首を突っ込まないほうがいい」
「やばい仕事? 姉貴らが知ったら悲しむ……」
「やばかねーけど……正義の仕事だよ」
 と、言いながら照れくさそうに笑う。
「もったいぶらないで教えて下さいよ」
「お前が話すなら話してやるよ」
「俺がなにを」
「お前になにがあったか、だ。兄貴に話せ。お前の自慢の刀を鈍らせた原因はなんだ?」
「…………」
「そういや姉ちゃん等が話してたぞ。国王に腕を認められて直々に呼び出されたって。あれマジか?」
 
「マジだよ。信じないだろうけど」
 
ワードとベンになら、話してもいいと思った。というより、誰かに話を聞いてほしかった。それくらい精神的に参っていた。選ばれし者の話はしなかった。ただ、自分と他にも呼び出された連中がいて、国からの指令を受けて共に旅をしていた矢先に仲間のひとりが死んだのだと伝えた。大事な仲間だったと。
 
「その指令ってのはなんだ?」
 ワードとベンは眉間にシワを作った。
「言えない。すみません」
「……グロリアのことじゃないよな?」
「え……」
 シドは驚いてワードとベンを交互に見遣った。
「マジか。まさか巻き込まれてるとはな……」
「巻き込まれてる? なんで二人がグロリアのこと知ってんすか」
「……シド、話がある。場所を移そう」
 
シドはワードとベンに連れられ、一旦街に戻った。ワードが知っていた居酒屋の個室に入り、適当に注文をしてから話を始めた。ワードとベンは並んで座り、シドはテーブルを挟んで向かい側に座った。
 
そして、ムスタージュ組織の話を聞いた。目からうろことはこの事をいうのだろうか。タケルの一件以来、ゼンダとギルトに対して疑念を抱き始めていた。そんな矢先に聞かされた話だった。
 
「シド、ゼンダは信用ならない。今話したことが真実だ。世界を救う気があるなら、俺たちの仲間にならないか?」
「組織の……仲間に?」
「そうだ。グロリアに関する情報が欲しい。お前なら手に入るんじゃないのか?」
「いや……でも……」
「信じられないか? 無理もないが……」
「…………」
 
なにが真実でなにが嘘なのか。わからない。なにを疑い、何を信じればいい?
考えて、頭を悩ませ、答えが出なかった場合、脳裏に浮かぶのは──
 
自分が信じたいものを信じる。ということ。
 
「シド、お前なら第三部隊の隊長にだってなれるかもしれない。すぐには無理だろうが、お前には見込みがあると思ってる。現に国王に認められているんだからな」
 と、ワードが言った。
「仲間に入るなら、お前が副隊長になれ」
 と、ベンが言い足した。
「え……」
「ベン、いいのか?」
 と、ワードは驚く。
「俺にはエルドレットさんの代わりに下っ端をまとめる素質がない。一人気質だしな。だからエルドレットさんにお前に副隊長の席を譲れないか訊いてみる」
「エルドレットっていうのは……?」
「第三部隊の隊長だ。どうする、シド。俺らはお前の力を必要としてる」
「…………」
 
タケルの頭が地面を転がって来る映像がフラッシュバックした。タケルの目が、バクバクと暴れて壊れてしまいそうだった心臓を貫いた。「嘘つき。騙してたんだね。みんなは知ってたの?俺が偽物だって」タケルの口がそう動いているような気がした。
 
「シド」
「なぁワードさん、タケルの死は、必要だったと思いますか?」
「──いや、彼は被害者だ」
 
「……ですよね」
 
被害者。
シドはこの時にやっと、モヤモヤしていたものが晴れて腑に落ちた気がした。
 

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