voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考17…『あの日』

 
──シドは組織に入る前のことを思い出していた。
 
「シド、入るぞ」
 
タケルが死んで、数日経過したある日の城内。
一人一人に用意された部屋で待機していたシドの元に、ゼンダが訪れた。シドは憔悴しきった表情で床に座り、ベッドに寄りかかっていた。ただ一点を見つめ、部屋に訪れたゼンダに見向きもしなかった。
 
「シド。ルイやカイにも話をしたところだが、グロリアを召喚するにはまだ時間がかかるようだ。ギルトの力が戻るまで、故郷に帰って少し休むといい」
「…………」
「ルイはここに残るそうだ。カイも、帰る場所がないといって城で待機することを望んだ」
「…………」
「シド、聞いているか?」
「……偽物って、何だよ」
「…………」
「なんなんだよ偽物って」
「すまない」
「すまない? タケルに言えんのかよ。あいつがどんな思いでいたかもしらねーで!」
「そうだな」
「あいつは自分の世界に絶望していたんだ。自分の居場所を見つけられず、自分自身にも絶望した。でもこの世界に召喚されて自分の世界を見つけた。あいつは本気だったぞ。本気でなんの縁もゆかりもないこの世界のために命張って戦おうとしてくれてたんだぞ!」
「…………」
「やっと……自分を必要としてくれる世界を見つけたんだって、喜んでたんだぞ……」
「…………」
 
シドは立ち上がると、ゼンダの胸倉を掴んだ。
 
「あんまりだろッ!!」
「……あぁ、酷いことをしたと思っている。だがな、それでも、必要な人材だったのだ」
「ふざけんなよ。選ばれし者だと煽て上げて死なせておきながら必要な人材だった?」
「別世界の人間をこの世界へ召喚するのに前例がなかったのだ。だから試す必要があった。もしいきなりグロリアを召喚しようと試み、失敗でもしてみろ。取り返しがつかないだろう」
「だからって……」
「別世界で生きるタケルという人間がどんな人物なのか、我々に知る術はない。我々はただ、グロリアを安全に召喚するために必要なことをしたまでだ」
「なんだよそれ……納得いかねーよ! タケルはなぁ! んなの知らずに勝手に召喚されてッ──」
 
ゼンダの手が、シドを力いっぱい押しのけた。シドの体は後ろへ飛ばされ、テーブルに背中を打ちつけた。
 
「痛ッ……」
「タケルはグロリアの召喚に必要だった。世界を破滅から救うために必要な人材だったのだ。お前はタケルが思っていたより自分と気が合い、気のいい人間だったからショックも大きいだろうが、性格に問題のある男だったならこんなにも噛み付いてくることはなかったのではないのか?」
「……うるせーよ」
「お前を見下すような男で頼りない男だったなら、こういう結果になっていようと仕方がなかったと、これも世界を救うためには必要だったのだと納得したところだろう」
「黙れッ!」
「少し休め。お前の故郷にVRCがあるなら汗を流すといい。“本番”までには冷静さを取り戻しておくんだ。いいな?」
 
ゼンダが部屋を出ていき、シドはぎりぎりと硬く握った拳を壁に押し当てた。
 
「なんだよ本番ってよッ!!」
 
苛立ちを晴らすように部屋の中にあったものを壁に投げつけたが、一向に晴れる気配はなかった。
散々暴れて心が乱れて整理がつかないまま廊下に出ると、ルイとカイが心配そうに立っていた。
 
「シドさん……」
「実家帰るわ」
 苛立った声はいつもより低く、鋭かった。
「戻りますよね……?」
「…………」
 つかつかと廊下を歩いて行くシド。
「待ってるからねー?」
 と、不安げにその背中に声をかけたカイ。
「うっせーな!」
 
城内にあるゲートボックスへ向かっていたシドだったが、ふと足を止めた。雑兵がタケルの話をしているのを耳にしたからだ。「気の毒だ」「可哀想に」「でも仕方がない」そんな声が聞こえてくる。
 
「……どいつもこいつも」
 
シドはその足で宮殿に向かった。亡くなったタケルが眠る部屋の前には、二人の見張りが立っていた。
 
「シドさん……どうされました?」
「開けてくれ」
「許可がなければ……」
「なら無理矢理にでもこじ開ける」
 と、刀を抜いた。
「お、お待ちください! 今すぐに確認しますので」
「なんの確認だよ。許可なんかいらねーから開けろっつってんだよッ」
「ですがその……」
「許可なしに入って俺がなにするって言うんだ。つかタケルの骨しか置いてねえのに厳重に守る意味もねぇだろ」
「ですが、リア様に仰せ付かっておりますので」
 タケルを思ってのことだろう。
「俺とルイとカイは許可いらねぇだろ。リアもな」
「…………」
 見張りは顔を見合わせ、判断に迷ったが結局シドを中へ通すことにした。
「用はすぐに済みますか?」
「最後の挨拶するだけだ」
「わかりました」
 
見張りはシドを部屋の中へ通し、一先ずドアを閉めた。シドはドアが閉められたのを確認し、抽斗を開けようとしたが鍵がかかっていた。──と、部屋のドアが開き、見張りの一人が駆け寄ってきた。
 
「なんだよ」
「いえ、抽斗の鍵が必要でしたらと」
 と、鍵を見せた。
「……なぁ」
「はい」
「お前、なんか隠してることあんだろ」
「え? なんのことでしょうか……」
「国王にバレちゃまずいことだよ」
 と、顔を凝視すると、見張りの男は急に青ざめ、視線を逸らした。
「な、なんのことか……」
「黙っててやるよ。その代わりお前も黙ってろ」
「え?」
「タケルの私物、俺が預かる」
「そんなっだめですよ!」
「タケルの死をなんとも思ってねぇくせに。みんな仕方ねぇと思ってんだろ。だからこんな所に私物を放り込んで調べようともしない」
 と、シドは鍵を奪って抽斗を開けた。
「調べる……といいますと?」
「タケルを喰った魔物だよ。暗かったし、動揺していたのもあって一瞬見ただけだった。すぐにそっぽ向いて森ん中逃げて行きやがったんだ。魔物の正体が知りたい。着ていた服の切れ端にその魔物の血もついてるかも知れないだろ」
 
本当は、はっきりと見ていた。暗闇の中でも仲間を喰い殺す魔物の姿は月明かりの下ではっきりと見えた。動揺し、状況が理解できず、身動きが取れなかった。目の前でタケルの頭を踏み潰されて喰われるまで。
──あれはまぎれもなく、一つ目の巨人、サイクロプスだった。
ルイとカイもサイクロプスの姿を見たのかまではわからない。
 
「なるほど……」
「それに……」
 抽斗に収納されていたタケルの私物を取り出し、自分のシキンチャク袋に入れた。
「まだ、心の整理が出来てねんだ……。本物のグロリアと対面する前に、タケルとのことを整理しておきたい。それまで……いいだろ?」
「……わかりました。“お別れ”が出来ましたら、こちらへ戻しに来てください」
「あぁ、悪いな」
 
お前、なんか隠してることあんだろ?──これはただのハッタリだった。うまい口封じが見つからず、でたらめを言っただけだった。
とにもかくにも、タケルの私物を持ってゲートへ向かった。そして、実家へと一時帰還。タケルの私物は自室にある机の一番下の引き出しへとしまわれた。
 
「シド、お帰り」
 と、エレーナが部屋に顔を覗かせた。
「なんだよノックくらいしろ」
「いいじゃない別に。でもなんで急に戻ってきたの?」
「……べつに」
「やっぱ嘘なんだ? 国王直々に呼ばれたとか何とか。胡散臭かったもんね」
「嘘じゃねーよ」
 と、ベッドに寝転がった。
「えー、ほんとなの?」
「詳しくは話せねーけどな」
「それが胡散臭いんだって。あ、あとでベンさんとワードさんが来るらしいわよ」
「へぇ……会うの久しぶりだな」
 と、体を起こす。
「私も。連絡は取り合ってるんでしょ? シド携帯電話持ってるし」
「まあな」
「私も買おうかな」
「やめとけ。男から頻繁に連絡くるようになるぞ」
「あ、それ面倒かもぉー」
 

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