voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考14…『頼りになる仲間』

 
「ルイ……」
 
破れたソファに横たわっているカイが苦しそうに声を出した。ルイは第三部隊のアジトにあった救急セットを使ってカイの応急手当を行った。折られた左腕の痛みに耐えながら。
 
「あまり喋らないでください」
 額にじわりと汗が滲む。
「ありがとうルイ……」
「…………」
「シド、俺を殺さなかった……」
「…………」
「やっぱり、殺さなかったね」
「……はい」
 
カイは微かに微笑んだ。
ルイはカイの容態と、自分の左腕を気にかけていた。一刻も早くアールの元へ駆けつけたい。けれど居場所もわからなければ、今の自分が駆けつけてもなんの役にも立てないだろう。魔力を回復させるにも時間がかかる。
 
「そういえばスーさんはヴァイスさんと一緒ですか?」
「俺の懐にはいない」
「…………」
 
もしかしたら。そんな期待がある。彼女が一人じゃなければいい。スーが一緒なら少しは安心できる。スーはいざと言うときは頼りになる仲間だ。
 
「病院へ急ぎましょう」
「歩くよ」
 と、体を起こそうとして痛みに顔を歪めた。
「この怪我では無理です。傷口も完全には塞がっていないんですよ」
「ルイだって怪我してるじゃないかぁ……」
「片腕が使えないだけです」
「……モーメルばあちゃんに頼めないかな」
「自分でどうにかしなと言われそうですね」
 
「私が運ぼう」
 と、部屋の出入り口に立っていたのはヴァイスだった。
「ヴァイスさん……シドさんを追いかけたのでは?」
「アールの居場所を聞き出そうと思ったが……」
 と、首を左右に振った。
「そうでしたか……」
 
ヴァイスはカイを抱きかかえようとしたが、カイは背中に重症を負っているため、背負うことにした。
 
「お前は平気か?」
 と、ヴァイスはルイを見遣る。
「僕は大丈夫です」
 額に滲んだ汗が流れ落ちた。顔色は最悪だ。
「カイを運んだ後でよければ迎えに来るが」
「甘えるわけにはいきませんから。自分の足で病院へ向かいます」
 と、微笑んだ。
「無理だけはするな」
 ヴァイスはそう言って一先ずカイを一番近い街の病院へ運んだ。
 
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アールに覆いかぶさっていた岩がエルドレットの念力によって取り除かれ、アールの体は再び浮き上がって雪の上に落とされた。右手首を見遣り、眉間にシワを寄せた。手首の骨が砕けているのか皮だけで繋がっているかのように手がだらりと下がっている。力を入れようとすると激痛が走った。
 
「まさか剣捌きだけがお前のスキルではなかろう」
「…………」
 アールはふらりと立ち上がって、辺りを見回し、武器を探した。瓦礫の上に落ちてある。
「なぜ魔力を使わない」
「使い方がわかれば使ってる」
 と、ブレスレットにぶら下げていた予備の剣、グラディウスを左手に持った。
「長い間お前の面倒を見続けてきた割にはお前の力を全く引き出せていないようだな」
 シドのことを言っているのだろうと、アールは察した。
 
シドは戻ってきただろうか。ルイたちは、無事だろうか。簡単にやられたりはしないはずだ。
 
「はじめの威勢はどうした。アール・イウビーレ」
 エルドレットは上空を飛んでいる二匹のイトウに気づき、手を翳した。「叫びながら襲い掛かってきたのははじめの一回と、さきほどの二回だけだな」
 
イトウに向かって翳した手をアールに向けた瞬間、イトウが叫びながらアールを目掛けて急降下してきた。
 
「そりゃそうでしょ。斬りかかろうとしたら念力で吹っ飛ばされたら斬りかかろうとするだけ無駄だと馬鹿でも学習する」
 急降下しているイトウには目もくれず、エルドレットに向かってそう言ったアール。
「…………」
 エルドレットは目を細めた。急に落ち着いた様子を見せるグロリア。結界などは使えないはずだ。なぜこんなにも余裕で立っているのか。
 
その答えはすぐに分かった。彼女の懐から緑色の何かが飛び出して体を大きく広げた。個壁結界のようにイトウから彼女を守ったのはスライムのスーだった。イトウがスーの体に体当たりすると、スーの体はゴムのように伸ばして、弾き飛ばした。
 
「ありがとうスーちゃん。あと、おはよう」
 スーは元の大きさに戻るとアールの肩に乗り、大きくあくびをした。
「妙な仲間をもったな」
「一番肝が据わってるの」
 と、微笑んだ。
「スライムごときに何が出来る」
「私が出来ないこと。あなたのスキルはその念力と、魔物を操ること?」
「私がもっとも得意とするスキルは、これだ」
 と、エルドレットが目を閉じた瞬間、彼の姿が消えた。
「え……」
 辺りを見回して動揺するアールに、スーはアールの右隣を指差した。
 
そこにはなにもない。瓦礫の山があるだけだ。
 
「……クラウディオの能力?」
 そう呟くと、鋭い目つきでアールを睨んでいるエルドレットが姿を見せた。アールの右隣に移動していた。
「なぜわかった」
「クラウディオの能力はスーちゃんには効かないの。いくら姿を消しても魔物のスーちゃんには見えてしまうらしいから」
 
ブラオに向かう途中で仲間が消えた。その能力を使っていたのがクラウディオだ。自分の姿も消していたが、スーにだけは見えていた。スーに限らず、魔物には見えてしまうという弱点がある。
 
「やはり下の連中の能力は不完全で使えないな」
 と、クラウディオは左の袖を捲くった。
 
7センチ幅の革のバングルを見につけていた。そこにはめ込まれていたのがアーム玉だ。爪を立てるようにアーム玉を外し、放り捨てた。そして再び姿を消した。
 
「──? スーちゃん」
 と、スーを見遣るが、スーは体をねじるように首を振ってわからないことを示した。
「元から姿を消せるスキルを持ってたってこと?」
 
「私の能力は」
 と、どこからともなく声がした。「自分の姿を消すことだ」
「ならクラウディオのアーム玉はいらないじゃない」
 と、辺りを警戒する。
「奴の力は魔物には通用しないが他人の姿までも消せる能力を持っていた」
「…………」
 その力を手に入れるため? でもなんのために。
「今頃ゼフィル城は血で赤く染まっている頃だろう」
「──?!」
 咄嗟にデリックに連絡を入れようとして折れた右手を動かしてしまった。脳に響くほど激痛が走る。その直後、アールは再び吹き飛ばされてしまった。雪が募る地面に着地すると同時にスーが体を広げてアールを覆った。
「スーちゃん……」
 しかしそんなスーを目掛けて飛んできたのはアールの武器、デュランダルだった。
 
スーの体は柔らかく、一部切れ込みが入ったがすぐにくっついて元通りになった。それでも尚デュランダルの刃が襲い掛かってくる。はじめはエルドレットの念力によって飛んできたのかと思ったが、剣の動きが明らかに人の手に持って動かされているように見える。そこに姿こそ見えないが、エルドレットがいるのだと確信した。
次第にスーの体で作られた結界が形を崩し、とうとう元の丸い姿に戻ってしまった。アールはその直後に予備の武器を姿の見えないエルドレットに向かって振り下ろした。しかし当たった感触はない。デュランダルの刃が目の前に迫っていた。体をひねって交わし、その場から離れようと立ち上がる。空から落ちてくる雪の量が増して、1センチ、2センチと雪の層が深くなる。足場が悪かった。アールはバランスを崩して尻餅をついた。再び襲い掛かってきたデュランダルを左手に持っていたグラディウスで交わした。
 
「卑怯者ッ!」
 そう呟きながら次から次へと攻撃してくるデュランダルを弾きながら立ち上がる。
「何が卑怯だ?」
 と、エルドレットの声。
「姿も見せず、敵の武器を扱う!」
 力いっぱいデュランダルを弾き飛ばした。
 
エルドレットの手から離れたと思われるデュランダルが遠くのほうまで飛んで、何層にも降り積もった雪に刺さった。
 
「自分の力もろくに使えない腰抜けのやっかみか」
「…………」
 そう言われるとなにも言えなくなる。
 
視線を落としたとき、左手に衝撃が走った。持っていたグラディウスが後ろへ弾かれた。エルドレットがアールの左手を蹴ったのだ。武器を拾う隙も与えず首を絞められ、背中から倒れこんだ。首を絞めるエルドレッドが姿を見せた。
 
「ならば武器も魔力も使わず体術で戦うか?」
「くッ──」
 

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