voice of mind - by ルイランノキ |
真っ白い廊下はあっという間に血で染められていった。傷だらけになりながら裏庭に飛び出したのはリアだった。その背後からフードコートを着た一人の男が追ってくる。男は立ち止まると、リアに向かって左手を翳した。男の袖から棘のある蔓が伸びて、蛇のようにリアの首を絞めた。
「うっ……」
リアは首に巻きついた蔓を咄嗟に掴んでしまい、いくつもの棘が手の平に刺さった。
「私は植物を操れる」
男はそう言うと、より一層に彼女の首を絞めた。
そんなリアに気づいた兵士が慌てて駆け寄ろうとしたが、男が捕らえていたはずのリアの姿が突然消えてしまった。蛇のように伸びた蔓は男の袖の中へ。
「ダブル顕現か」
本体ではなかったと気づいた男は、近づいてきたゼフィル兵を標的に捕らえ、次々に首を絞めてへし折った。
城内でも森から姿を消して侵入した第二部隊が姿を現し、ゼフィル兵を打ちのめしながらエテルネルライトが厳重保管されている部屋に向かおうとしていた。しかしゼンダも黙っているわけがない。指令が飛び交い、城内で血で血を洗う戦いが始まった。
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「シド……」
カイの呼吸が浅くなりはじめた。カイはシドを見上げながら、必死に声を振り絞った。
「ありがとう……仲間にしてくれて……」
「…………」
シドは黙ったままカイを見下ろした。
「帰る場所がなかった俺を拾ってくれて、ありがとう……」
「…………」
「嬉しかった……楽しかった」
「そりゃよかったな。俺は散々迷惑かけられてうんざりしていたんだ。お前は使い物になんねーからアーム玉奪ったってなんの価値もねーしな」
「シドさん?!」
「お前は価値があるだろうな、アマダット」
と、ルイを見遣った。「お前もな。ハイマトス。化け物だらけだ」
「ははは……」
と、カイは笑った。「ごめん……最後まで役に立てなくて」
「…………」
シドは刀の刃先をカイの目の前まで下ろした。
ルイはそんなシドを止めようと駆け寄るが、小さな石に躓いて転んでしまうほど力が残っていなかった。
「いいよ……シドに殺されるんならいいや……他の奴らは嫌だけどさ」
「…………」
ルイの目に一瞬、シドの表情が苦痛に歪んだような気がした。
「シドさん! カイさんとは昔からのお友達でしょう?! それにずっと旅をしてきたではありませんか! カイさんはなかなか武器の扱いに慣れませんでしたが、それでも必死に戦ってきました。僕らが戦いに夢中になっていたとき、彼は住人を守っていました。そんな彼の優しさ、あなたが一番よく知っているでしょう?」
これまでずっと黙っていたヴァイスが、静かにガンベルトに手を添えた。カイを殺そうとするのなら、撃つ覚悟があった。殺すつもりはないが。
「友達? 笑わせんな……」
「…………」
血を流しすぎたカイは、目の焦点合わなくなっていた。意識が朦朧とする。視界に入れていた筈のシドがぼんやりと滲んで視界が真っ白くにごった。
「カイさんッ!!」
ルイが地面を這うようにしてカイに近づいた。
そんなルイを眺めながら、シドの足が一歩、二歩と二人から離れた。
「金……」
と、シドは呟く。
ヴァイスはそんなシドを見て、ガンベルトから銃を抜こうとしていた手を離した。
「金……返してもらってねーな……そういや」
と、突然そんなことを言い出すシドを睨みつけるように見遣ったルイの目の前に、何かが飛んできた。咄嗟に受け取り、魔力の回復薬だと知る。
「バングルは外さねぇ。女捜してくるわ。お前らの始末は後回しだ」
「シドさん……」
シドはその場を離れた。ルイは受け取った回復薬を飲んだが、ルイもまた服用しすぎていて効き目が薄かった。全回復とまではいかず、かろうじてカイの命を取り留めることは出来たが傷を癒す力はない。
「ヴァイスさん、カイさんをどこか──」
と、ヴァイスを見遣ったがどこにもいなかった。
「…………」
シドを追いかけたのだろうか。
ルイは残っている力を振り絞ってカイを背中に担ぎ、ゲートがある村へ急ごうと思ったが第三部隊のアジトである廃墟を見遣り、一先ず中へ運んだ。応急手当が出来るくらいの道具は揃えているだろうと思ったからだ。手当てをしてから病院へ運ぼう。
「シド」
「…………」
名前を呼ばれたシドは不機嫌そうに振り返った。ヴァイスが立っていた。
「ハイマトスは傷の完治も早いのか。便利な身体だな」
と、シドはヴァイスの体を見遣った。
「本当にアールの居場所を知らないのか」
「しらねーよ」
「心当たりは」
「あるわけねーだろ。でもまぁそう遠くには行ってねーだろうけどな」
「…………」
ヴァイスはシドに背を向けてルイの元へ引き返そうとしたが、シドが意味深なことを口にした。
「村を襲ったハイマトス族を女が皆殺しにしたわりには──」
「…………」
ヴァイスは黙ったまま振り返った。
「まだ多くいるようだな」
「……どういう意味だ」
「お前浮島で俺に、随分とハイマトス族について詳しいようだなって言ったよな」
「…………」
「ハイマトス族なんて噂でしか聞いたことがなかったが、実際お前を目にしてあの噂はあながち嘘ではなかったんだなってな」
「なんの話だ」
「ハイマトス族の噂を聞いたのは組織の連中からだ。馬鹿みてーな噂が出回ってたもんでな。組織の中に、その化け物がいるって」
「…………」
ヴァイスは険しい表情でシドを凝視した。
「真実かどうかも何部隊にいるのかまでも知らないが、第二部隊なら今頃ゼフィル城に攻め入ってるんじゃねーか?」
「なに……?」
「もしかしたらテメーの村を焼き殺した犯人を知ってるかも知れないぞ。テメーと同じ村の生き残りならな」
「…………」
ヴァイスは視線を落として少し考えたが「そうか」と一言だけ言って背を向けた。
「行かないのか? 真相がわかるかもしれねーのに」
「アールの安否の方が心配だ」
「……へぇ、お前もルイと同じか」
「…………」
「そういや、お前の“連れ”はどうした?」
シドに訊かれ、自分の肩に目を向けた。スーがいない。戦いに夢中で気がつかなかった。どこへ行ったのだろうか。無事だろうか。
誰と、いるのだろうか。
Thank you... |