voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷21…『いつでも』

 
午後9時過ぎ。
ワオンとギップスは家の中を覗き込み、首を噛み切られて床に倒れている二人の男と、背を向けて立っているヴァイスを見遣った。
 
「お前がやったのか……? どうやって殺したんだ……?」
「…………」
 ヴァイスは口についた血を袖でふき取ってから振り返った。
「ギップス、死体を崖の下へ落とせ。その後は家の結界を強化しておけ」
 
ギップスの魔道具によって家を守っていたはずが、簡単に進入されてしまった。第三部隊の男は結界を解く力も持っているようだった。
 
「お前は一度戻って治療してもらうといい」
 と、ヴァイスはワオンを見て言った。
「そういうわけにはいかねぇ! ミシェルがいつ戻ってもいいようにここで待機する!」
 
そんなワオンをヴァイスは片手で突き飛ばした。簡単によろめき、尻餅をついた。
 
「それで守れるのか?」
 と、ドアの外へ。
「……お前はどこに行くんだ」
「武器を拾いにな。すぐに戻る」
 
ヴァイスはゲートを使って崖の下に下りると、口の中に残っていた男の血肉を吐き出した。
 
━━━━━━━━━━━
 
「モーメルさん、ごめんなさい。私がいなかったらこんなところ、簡単に抜け出せるんじゃない? 私がいるから下手に動けないのよね……」
 ミシェルはモーメルを見つめながら申し訳なさげに言った。
「あんたがいてもいなくても、ここは魔法が使えないようになっているから脱出は難しいね」
 と、モーメルは冷たい壁を眺める。
「そうなの……?」
「向こうから動きがあるのを待つしかないようだねぇ」
「アールちゃんたち、助けに来てくれるかしら」
 と、不安げに言う。
「どうだろうね」
「そうなったら、シドくんと戦うことになるのかしら……」
「それが彼女の力を引き出すきっかけとなるなら、シドは本気で殺しにかかるだろうねぇ」
「そんなの……耐えられない……」
 
モーメルはかつてアールが沈静の泉に飛び込み、そんな彼女に愛想を尽かしていたシドを思い出していた。あの時のシドの様子は、ずっと気がかりだった。
 

──モーメルとシド。記憶の欠片。
 
「俺は帰るぞ……」
 と、シドは不機嫌そうに部屋を出ようとした。
「待ちな。あんた、少しは心配したらどうだい!」
 モーメルは翳していた手を離した。離している間はこちらの声が向こうに聞こえることはない。
「うるせぇな。心配しなくても元気そうじゃねーかよ」
「問題はこれからさ」
「心配がなんになるんだよ。心配するよか、サヨウナラの言葉でも伝えたがいいんじゃねーのか?」
 そう言ってシドは、不敵に笑う。
 
モーメルは呆れた面持ちで首を横に振った。
 
「なんだいその顔は……まるで犯罪者みたいじゃないか」
「……どうとでも言えよ。俺はもう関わる気はねーからな」
 ドアノブに手を掛け、「ばあさんも信じてるわけじゃねんだろ? まさか本気であの女が戻って来るなんて思っちゃいねぇよなぁ?」
「少なくとも、あんたよりは信じているさ。──あんた、そんなに引きずってんのかい……タケルのことを」
 
その言葉にシドは目をカッと見開いた。
 
「そんなんじゃねーよッ! あいつの名前は口にすんなッ!!」
「なるほどね。そんなだからいつまでも魔力を使いこなせないのさ。魔力には集中力が必要だよ。わずかでも雑念があれば発動出来ない。それに──」
「余計なお世話だッ!!」
「あんたも、閉じこもってちゃいけないよ。信じなくてもいいさ。でも待っててやんなよ。彼女はまだ、生きてるじゃないか……。それとも、怖いのかい?」
「…………」
 
(捨てた想い14…『怖いのかい』より)

 
 
モーメルはあのとき、彼女もタケルと同じように死なせてしまうのが怖いのかい?という意味で尋ねた。罪人のような不気味な笑いを浮かべていたシドを見て、タケルの傷が癒えておらず、もう一度同じ思いをするかもしれない状況で精神的に限界が来ていたのだろうと思っていた。
 
「戻って来なければいいと思っていたのかね……」
「え……?」
 と、ミシェルが反応する。
「いや、独り言さ」
 
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シドはモーメルの家から命かながら戻ってきた一人の部下を殴りつけた。
 
「ハイマトスがなんだって? それだけでびびって戻ってきたのか」
「な……仲間を……やつは仲間を食いちぎったんです!!」
 男は地面に頭を伏せた。
「それがどうした。お前は仲間を助けもせずに逃げてきたんだな」
 冷淡な表情でそう言うと、男の髪の毛を掴んで立ち上がらせた。
「目を閉じろ」
「え……」
「あと一発、殴ってやるから。それで許してやる」
「…………ッ」
 
男がぐっと目を閉じたのを確認し、シドは腰から刀を抜いて男の胸にスゥと突き入れた。静かに心臓を刺された男は目を見開き、そのまま地面に倒れこんだ。
シドは血を払い、鞘にしまいながら男を見下ろした。
 
「使えるまで使ってやったほうがよかったんじゃないのか? 一気に三人も失った」
 と、ワードがシドに近づいた。
「使えないから殺してやったんだ」
「モーメルの魔道具はどうする。奴らはまだいるんだろう?」
「……今はいい。まぁ急ぐ必要はない」
「わかりました」
 
ワードが去ってからシドの携帯電話に着信があった。相手を確認し、ため息を零す。
 
「携帯電話買ったからって頻繁に連絡してくんなよ……」
 ヒラリーだった。
『彼女、来たわよ』
「…………」
 
いつになく真剣な声に、シドの表情が変わった。
 
『シド、あなた今どこにいるの?』
「なにしに来たんだ」
『あなたを助けによ』
「は?」
『引き出し、悪いけど開けたの。彼女が望んだから。顔色を変えていたわ。私はあれがなんなのかわからないけど、必死になってあなたを助けようとしている仲間を、どうか裏切らないで。悲しませないで』
「仲間? 悪いが俺は──」
『真実を……受け入れて』
「真実?」
 と、顔をしかめた。
『すべては私が悪いの。ごめんなさい……』
「なんの話だ?」
 
と、その時だった。クローバーがシドの元に駆け寄ってきた。
 
「ドレフさん、客です」
「は? 客?」
 シドは訝しげにそう言って、ヒラリーにはあとでかけ直すと言って電話を切った。
 
吐く息が、白くにごり始めている。
 
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携帯電話の画面に、アールからの着信が表示されている。
その電話に出たのはヴァイスだった。拾った銃をベルトに納めた。
 
「──どうした?」
『…………』
「アール、なにかあったのか?」
『……ううん。ちょっと疲れただけ』
 
アールはシドの家を出て、近場の公園のベンチにいた。
 
「そうか」
 
無言の時間が流れる。ヴァイスは木に寄りかかり、アールの声に耳を澄ませた。
 
『ヴァイス……シドを、仲間に戻したいの。モーメルさんとミシェルを助けたいの。でも、何からどうすればいいのか……』
「お前ひとりで動いているわけではない。行き詰ったときは、仲間の動きを待て」
『うん……そうだね。そっちは大丈夫?』
「問題ない」
『そっか。ごめんね、なんでもないのに電話して』
「…………」
『ヴァイスの声、落ち着くから』
「……いつでも掛けていい。必要なら直ぐにかけつける」
『うん、ありがとう……』
 
電話を切り、ヴァイスは空を見上げた。星が雲の隙間から顔を出している。
ヴァイスもシドだけはなにか別件を抱えているように思えてならないときがあった。
 
それはモーメル宅にて、ヴァイスの話を聞かされたアールがどうにかヴァイスの助けにならないかと頭を悩ませ、疲れきった表情で一足先に眠ったときのこと。
 

──口論。記憶の欠片。
 
「あいつは本当に世界を救えんのか?」
「シドはまだそんなこと言ってんのぉ? アールに力があることはモーメルばあちゃんだって認めてるじゃないかぁ!」
 と、カイはシドの言葉に不機嫌さを表した。
「確かにあいつは少しずつ力を身につけてはいるし、まだ秘められた力があるのかもしれない。けどいくら力があろうが、その力を使う人間がアレじゃ意味ねぇだろ……。あいつを守ることで本当に世界を救えるならいいが、そうじゃなけりゃ俺らはどーなる。俺らは世界を救うために命をかけてんのに、世界を救えもしねぇ女に命を捧げることになんだぞ……」
 険しい顔をしたシドは拳を握りしめた。
「考えてみろよ。俺たちは、今なんのために生きてんだよ。世界を救うためじゃねぇのかよ。世界を救えるかわからねぇ女の面倒を見るためじゃねぇだろ!」
「シドさん……、ですから僕たちが彼女を支えないで誰が守るんですか」
「世界を救わなきゃならねぇ人間がなんでこんなに手間かかんだよ。どう信じろっつんだよ!」
「可能性があるなら、その可能性を信じてみませんか?」
 ルイは悲しい顔でそう言った。
「だからアールは不安定なんだってばぁ……」
 と、カイが呟くように言うと、話を続けた。
「アールが頼れるのは俺たちだけでしょー? 昨日もルイに言ったけどさ……その頼り所の俺たちが不安定だから、アールは余計に不安定になるんだよ。支えてあげなきゃいけない俺たちがしっかりしないといけないのにさ……」
「そうですよね……」
「俺はアールを信じてるよ。信じるしかないからじゃなくて、アールならきっとって思うんだ。上手く言えないけどぉ……」
「もしなんの役にも立たない女だったら馬鹿を見るんだぞ……」
 と、シドは唸るように言った。
「シドさん……。可能性があるのに、その可能性に賭けないほうがどうかしています」
「可能性に賭ける? まさに博打だな」
「…………」
 
ルイは、黙って視線を落とした。──シドの言い分もわからなくはないのだ。
 
「俺はお前にも苛立ってんだよ」
 と、シドはルイを睨みつけた。「本心を隠して綺麗ごとばっか並べやがってよ」
「なんですかそれ……」
 ルイも鋭い目でシドを見遣った。
「お前もあの女に対して半信半疑なんだろ。けど自分らだけじゃなにも出来ねぇ。だから仕方なく信じてるんだよな? お前だってほんとは面倒くせぇとか思ってんだろ。懲りもせず優しく手ぇ差し延べてやってんのに振り払われてばっかで、うんざりしてんだろ? お前はただ、いい人でいたいだけだろ? 嫌われるのが怖いんだよなぁ?」
「いい加減にしてくださいッ!」
 と、ルイは両手でテーブルを強く叩きながら立ち上がった。音を立てて勢いよく椅子が後ろへと倒れた。
「なにムキになってんだよ」
 と、シドは嘲笑う。「図星だから悔しいのか?」
「違う! 僕は彼女が沢山の痛みや苦しみを抱えて、それでもこの世界のために旅を続けてくれているから! 彼女ならきっと──」
「同情かよ……聞いて呆きれるねぇ」
「──ッ」
 ルイはカッとなり、座っているシドに駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
 
(捨てた想い6…『衝突』より)

 
 
彼女のアーム玉を奪い、命を狙う。それを目的としている男の発言とは思えなかった。だが、彼だけはルイやカイよりも大きな焦りがあったように思う。彼女が本物か、偽物か、ハッキリしない苛立ちが募っていたように思う。
 
──この頃はまだ、組織の人間ではなかったとも捉えることが出来る。
真相は彼にしかわからないが。
 

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