voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷18…『モーメルとミシェル』

 
「雪が降るかもしれないねぇ」
 と、モーメルは呟いた。
「──雪? そう言われてみると急に気温が下がってきたような気がするわ」
 ミシェルはそう言って、膝を抱えた。
「全てが終わったら、急激な気温の変化も落ち着いてくれるといいんだけどね」
 
暫く沈黙の時間が流れた。ミシェルは閉じ込められた牢の奥で膝を抱えて座っており、モーメルは鉄格子の近くで壁に寄りかかって座っていた。
 
「さっきモーメルさんが話してくれたアールちゃんのことなんだけど、本当にアールちゃんがこの世界を救うの?」
「信じられないだろうがね」
「アールちゃんは、アリアン様の跡継ぎなのかしら。でもどうしてシドくんは彼女を敵対しているの? 仲間だったのに……。はじめからそうだったのかしら」
「……さぁね。どうせシュバルツに洗脳されているんだろう」
 
ミシェルには理解ができなかった。
モーメルの話によるとアールは世界を救う選ばれし者として別の世界から召喚されたということ。彼女にはなにか秘密があるのだろうとは思っていたが、まさかそんな現実世界の枠を越えるような素性が隠されていたとは驚きだった。今も半信半疑だ。彼女と会話をしていても、かつて世界を脅かしたシュバルツを倒し、世界の平和を守るほどの力が彼女に備わっているような特別な感じはなかった。
それよりも理解できないことがあった。それは、シドのことだ。
ミシェルが以前付き合っていた男に繰り回されていたとき、体を張って救い出してくれたのはアールだった。そしてそんな彼女を支え、手を貸したのはシドだった。
 

──ミシェルの過去。過ぎ去った記憶。
 
かつては愛した男が、怒りに震えた左手をアールの襟に伸ばした。
 
「うるっせぇえぇぇんだよッ!?」
 
怯んだアールの襟を掴み、右の拳を振り上げた。
 
「あんな馬鹿女好きでもなんでもねぇーからに決まってんだろぉーがッ!?」
 アールは身を構え、目をギュッと閉じた。
「──ッ?! 離せ!! 誰だテメェはッ!!」
 
殴られる覚悟で目を閉じたアールの顔に、男の拳は飛んでこなかった。恐る恐る目を開けると、シドが男の右腕を掴んでいた。
 
「どーも。どうやらお前とは縁があるみてぇだな。女なんかに手ぇ出してんじゃねーよ」
「──?! またテメェかッ」
 シドの顔を思い出した男は、アールから手を離すと、シドの手を振り払った。
「……知り合いなの?」
 と、アールは訊く。
「いや、ただ何度か見かけただけだ」
「ミシェルはどこだ! あ"?」
 男は苛立ちながらそう訊くと、シドの肩をど突いた。
「女に依存か。可哀相にな」
 シドは鼻で笑った。
「どこだって、訊いてんだよッ!!」
 と、殴りかかってきた男だったが、シドは軽々と交わした。
「知らねぇーよ」
 と、馬鹿にしたように答える。
 
「シド、ちょっとごめん……」
 アールはそう言うとシドの肩に触れて男の前に立った。
「女だからって馬鹿にしないでよ。男より力が弱いからって暴力で支配しようなんて頭おかしんじゃないの。結局シドの言うように貴方が彼女に依存してるんじゃない。ストレス発散のはけ口にして彼女がいなきゃ周りも見えないしなにも出来ないんでしょ!」
「……なんだとッ?!」
 怒りに拍車がかかった男はアールの胸倉を掴むが、すぐさまシドが止めに入った。
「シドは手ぇ出さないで!!」
「はぁ?! 殴られてぇのかテメェは!」
 と、シドが怒鳴った。
「馬鹿にされっぱなしは嫌なのッ!」
「テメェが馬鹿にされたわけじゃねーだろ!!」
「友達が馬鹿にされた挙げ句に女に手を出せば黙るとか思ってる男がムカつくの!」
「ムカつくのはわかるがボコられたら意味ねーだろうがッ!!」
「やられっぱなしは嫌だし逃げるのも嫌なの!!」
 そう言ってアールはシドを押しのけ、男に掴みかかった。
「あんたみたいな男を理解しようとしてくれて愛してくれてたミシェルさんに少しは悪いと思いなよッ!!」
 
男の拳が何度もアールの顔に振り下ろされた。その光景を目の当たりにしたミシェルは客観的に彼の冷酷な表情に気づいた。その彼から受けていた暴力の非道さにも、皮肉にも自分を友達だと言ってくれたアールが同じ目に合わされたことでようやく知り、目が覚めた。

「もういいだろッやめろッ!」
 シドがそう叫んだ。「いい加減にしろッ!!」
 
シドはアールから何度も男を引き離そうとした。それでも男の手はアールの服を掴んだまま離さなかった。
シドは男の顔を殴り、注意を引き付けた。アールから手を離した男は息を切らし、アールの血で赤く染まった手の甲を見て不気味に笑っていた。
ぐったりと倒れているアールの体を、駆け寄ったルイがそっと抱き起こした。苦痛で表情が歪む。
アールは重い瞼を開け、男を見据えると、手を伸ばした。アールの目から痛みや悔しさの涙が流れた。
シドは眉をひそめ、男を後ろから羽交い締めにした。
 
「一発殴んねーと気がすまねーんだろ? 押さえててやっから、思いっ切り食らわしてやれ」
 
(秋の扇14…『女の執念』より)

 

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©Kamikawa
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