voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷8…『自分の存在』

 
とある廃れた宿の洗面所で顔を洗いながら、奇抜なメイクを落としたのはサンジュサーカスの一味だったスペードとクローバーだ。
 
「見捨てられなくてよかったな」
 と、クローバー。「あのまま奴らの仲間にされちゃかなわねーよ」
「エルドレッドさんは見捨てたりしないさ」
 と、スペードが口にしたのは第3部隊の隊長の名だった。
 
スペードとクローバーは、同じ組織にいながら、別の部隊にスパイとして入り込んでいたのだ。アールたちがレストランで眠らされたとき、シドだけは眠らなかったのは彼らがシドの飲み物にだけ薬を入れなかったからである。
 
「エルドレッドさんは信用できるが……ドレフさんはどう思う?」
 クローバーは首にかけていたタオルで顔を拭いた。
「…………」
 スペードは濁った鏡に映る自分を眺めながら考えた。
「あの連中とずっと一緒に旅を続けてきたんだろう?」
 あの連中とは、アールたちのことだ。
「スパイとしてな」
「侵入していたとはいえ……あれだけ長い間共に旅をしていたら情がうつるんじゃないのか?」
「…………」
 スペードは肩にかけていたタオルで濡れた顔を拭き、言った。
「なら訊くが、お前は10部隊に情を抱いていたのか?」
「……いや」
「俺もだ。だからと言ってドレフさんもそうだとは限らないが、国王も欺いてきた人だ。俺は信用する」
 
宿の一室では、窓から外を眺めるシドの姿があった。ここから見えるものは空き地だけ。枯れた草がカサカサと揺れ、乾燥した地面を小さな黒い虫が歩いている。
なにもない。水道は使えるが電気は通っていない、無人の宿をアジトとしていた。
 
「どうかしたか? ドレフ」
 と、シドに歩み寄ったのはワードとベンだ。
「なにがだよ」
「浮かない表情をしているように見えたもんでな」
「腹が減ってんだよ」
「戻ってきた二人に何か作らせるか? ルイって奴ほど美味いもんは作れないがな」
 と、笑うワードを、シドは睨み付けた。
「そいつの名前は出すな。なんでもいいから食いもん持って来い」
「はいはいっと……」
 
ワードとベンが部屋を出て行くと、ひとりになったシドはポケットから携帯電話を取り出した。──誰からも連絡は来ていない。
ポケットにしまおうとしたとき、着信音が鳴り出した。見知らぬ番号に眉をひそめたが、無言で電話に出た。
 
 
その頃、宿の地下にあった倉庫は第3部隊によって牢屋に改装され、モーメルとミシェルが捕らえられていた。
 
そこに一人の見張りの男が様子を見に来ていた。
 
「恨むんならグロリアの存在を恨むんだな。世界を滅ぼす者の手助けをするとは、国家魔術師の名が廃るんじゃないのか?」
 鼻で笑った男はそう言って、その場を離れていった。
 
ミシェルは奥の壁に寄りかかって座っている。大きなあくびをして、「眠いわ」と呟いた。そんな彼女を見ながら、モーメルは呆れたように笑った。
 
「のん気だね、あんたは」
「そんなことないわよ。きっとワオンさんが心配してる。アールちゃんたちもね」
「詳しく訊こうとしないのはなんでだい」
「……訊いちゃいけないのかなって」
「…………」
 
こんな目に合わされても気を遣って訊きたいことも訊かない。アールに似ていると思ったモーメルは、小さくため息をついてアールのことを話し始めた。
 
━━━━━━━━━━━
 
「お嬢と戦いたそうですよ」
 と、デリックはじっとアールを見据えているシオンを見て言った。
 
ルイは3人の男の内、1人を気絶させ、戦闘不能にさせた。カイは結界で守られたまま身動きがとれなくなっていた。戦いたい気持ちは十二分にあるのだが、咄嗟にとってしまった行動が戦闘に拍車をかけてしまったのだと落ち込んだ。それぞれのペースや考えがあっただろうに。
 
ルイの額から汗が滲んでいた。魔力を使わない相手に魔法攻撃は使いたくない。ロッドで打撃を加えるだけで対抗するのは限界があった。相手を結界で閉じ込めることも可能だが、あまり卑怯な手は使いたくない。
 
「お嬢、手を貸しますぜ」
「……じゃあ、お願い」
「何をすれば? なんなりとお申し付けを」
「亡くなったゼフィル兵の供養を」
「…………」
「放置できない」
 デリックは頭をかいて、笑顔で言った。
「承知しました」
 
デリックはアールの望む通りにした。ルイの戦闘の邪魔をしないように地面に転がっているゼフィル兵の首を拾い集め、ひとまず空き地の端に寄せた。手を合わせてから、地面に片手をつき、反対側の手はゼフィル兵の頭に翳された。手をついた地面には魔法円が広がり、そこに記載された場所へ亡骸が転送された。
 
アールは首にかけていた武器を元の大きさに戻し、剣が抜けないように下緒で鞘に固定させ、シオンに歩み寄ってゆく。ルイと戦っている2人の男の内、ひとりがアールに気づかずルイから距離をとろうとアールの方へ下がってゆく。小柄なアールは低姿勢になって横から回り込むと、鞘先をみぞおちに食い込ませた。男は「う”っ」と苦しい声を出して前向きに倒れこんだ。
 
「助かります」
 と、礼を言ったルイの声はアールに届いていなかった。
 
アールはまっすぐにシオンを捉え、目の前で立ち止まった。
 
「シオン……どうして……」
「大切な人を守りたいから」
 その強い意志が目から伝わってくる。
 

──やっぱり彼女は、久美によく似ていた。
あのときは、改めてそう思った。

 
「大切な人な人を守りたいし、じいちゃんの仇をとりたいから」
「守るって……何から?」
「あんたから」
 

なにか、おかしいと思ってた。勘違いとか、そんなんじゃなくて。
私の知らないところでなにか大きなことが隠されている。そんな気がして不安になった。
知るべきことを知らない。知ることが怖い。
 
自分の存在への疑問。疑い。

 
「シュバルツ様の邪魔はさせない」
 

何が正しくて何が間違っているのか、わからない。何を信じて何を疑えばいいのかわからない。
信じていたシドだって、離れていってしまったから。
信じるしかなかったから信じてた。はじめはそうだったけど、長く旅をしてきて、心から信じれるようになっていたのに。

 
シオンは両足のブーツの横に挿してあったククリという刀を取り出し、身構えた。その様子は長らく会わない間に戦いを覚えた闘士のようだった。
 
「本気で勝負して」
 と、シオンはアールの武器を見てそう言った。「鞘から抜いて」
「それは出来ない」
「なんでよ」
「殺す気はないし殺したくもないから」
「殺す価値もないってこと?」
 ぎりぎりと歯を食いしばる。
「そうじゃない……戦いたくないの。私はシオンのこと、友達だと思ってるから」
「何もかも奪おうと思っているくせに」
「なんのこと……? さっきから……」
「あんたは、この世界を滅ぼすんでしょう? そして、自分のものにしようとしている」
「…………」
 
開いた口が、塞がらなかった。なにを言っているの?──そう思った。
私が世界を滅ぼす? なんで。なんのために。自分のものにしてどうするわけ?
 
ずっと、世界を救う為に、そして元の世界へ帰る為に動いてきたのに。
 
「お嬢は世界を救う人間だ」
 と、混乱するアールの代わりにデリックが応えた。
「は? 笑わせないで。私は見たの」
「見たって何をだ」
「こいつが」
 と、シオンはアールを睨み付けた。「最後の生き残り」
 

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