voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷7…『第8部隊』

 
モーメル宅には、ワオンの姿があった。ミシェルを心配してやってきた彼は階段に座り込み、俯いている。
ヴァイスは玄関の外で電話をしていた。ルイからで、シオンの話だった。組織に関わっているかもしれないと聞き、彼も一度戻ることになった。
 
「ワオン。悪いが急用が出来た。ここを頼めるか?」
「……あぁ」
「用を済ませたら戻る」
 
ヴァイスとワオンが初めて顔を合わせたのは結婚式のときだった。互いに会話らしい会話をしたことがなかったが、まさかこんな事態が起きて再び顔を合わせることになるとは思いもしなかった。
ワオンはミシェルになにがあったのかヴァイスに問い質したが、ヴァイスはまともに答えようとはしなかった。成すすべなく座り込んでしまったワオンはミシェルの無事を祈るしかなかった。
 
ゲートからテンプス街へ戻ったヴァイス。宿に戻ると既にアールが戻っていた。一人、見慣れない顔がある。
 
「あんたがヴァイス? よろしくー」
 と、軽く歩み寄ったデリックは握手を求めたが、ヴァイスは手を出さなかった。
「こちらデリックさん」
 と、アール。「ゼフィル兵なの」
「その中でも特殊部隊な。筋肉野朗よりは使えるぜ」
「…………」
「……こいつ俺のこと嫌いなのか?」
 と、デリックはアールを見遣る。
「ううん、無口なの」
「無口すぎるだろう。つまんねー奴だなぁ」
「…………」
「では、全員揃いましたね」
 と、ルイ。
 
カイはベッドに座っている。
 
「カイさんも行きますか?」
「うん」
 と、立ち上がり、壁に掛けていたブーメランを背負った。
「さっきから暗いな」
 デリックがカイを気に掛けた。「そんなにあの筋肉野朗が好きか」
「カイはみんなよりシドと長く一緒にいたからね」
 と、アールが答えた。
「んじゃ、全力で取り返さねーとなぁ」
 と、いの一番に部屋を出て行った。
 
「デリックさんは……なにしに?」
 と、ルイ。
「暇だからって言ってたけど……。なんだかんだで心配してくれてるのかな」
「つかめませんね、彼は」
「シドのこと嫌ってるようでそうじゃないのかな」
「難しいですね。──アールさん、大丈夫ですか?」
「…………」
 
シオンと会う。それだけならまだしも、彼女も組織と関わっているかもしれない。もしそうだった場合、戦闘は避けられない。
 
「……あんまり。でも逃げるわけにはいかないし、みんながいてくれれば大丈夫」
 
シオンが電話で伝えてきたのは、テンプス街から1キロほど離れた場所。一向はそこへ向かった。
元々公園かなにかがあったのか、今は何もない広場がそこにあった。悪い予感が的中する。そこで待機していたのはシオンだけではなかった。
 
「ムスタージュ組織……」
 
アールは一番前にいた女の手首にある属印を見てそう呟いた。久美に似た友達が出来たと、思っていたのに。いつかまた笑って話せたらと思っていたのに。
 
一行を待ち構えていたのは第八部隊の副隊長アメリと、シオンを含めた部下、5名だった。その内3人は20代前半くらいの男だ。
 
「遅かったな」
 と、一番前にいたアメリが口を開く。「待ちくたびれたよ」
「シオンと話がしたい」
 と、アールが歩み出る。
「シオン、話したいって」
 アメリは振り返り、そう言った。
 
後ろにいたシオンがアメリの横に立った。鋭い目つきでアールを見下ろすその姿には、グリーブ島で出会った笑顔が眩しいシオンの面影がなくなっていた。
カイはそんなシオンから静かに視線を落とした。
 
「どうして組織なんかに……」
「大切なものを守るため」
「大切なもの?」
「村や、島。そこで出会った人たちを守るため。それと、じいちゃんの仇をとるため」
「…………」
「あんたは、存在しちゃいけないんだよ」
 
足元が揺れたような気がした。シオンが言っている意味が理解できない。
守りたい? なにから? 私から? 私は奪ったりなんかしないのに。
 
「本気だから。証拠見せてあげる」
「え……?」
 
シオンが仲間の男に目配せをすると、男は腰に掛けていたシキンチャク袋に手を伸ばした。
 
「あんたと対等に戦うために、この日まで鍛えてきたの。武器らしいものなんて握ったこともなかったから苦労した。でも、仕留めた」
「なにを……」
 
なんとなく、アールはじりじりと後ずさった。
そんなアールを見てアメリは口元を緩ませながら言った。
 
「ここに来るまでに、十二部隊と十三部隊がやられたって聞いたんだ。あんたたちがやったのかと思ったけど、違った。とりあえずそいつらのアーム玉を貰いに影武者に会いに行ったの」
 
男はそれぞれのシキンチャク袋から風呂敷を二つずつ取り出した。その風呂敷はスイカが入っているかのように大きく膨らんでいる。
ルイは顔をしかめ、アールの前に歩み出た。
 
「で、邪魔だったから、殺してお土産として持ってきた」
 
アメリがそう言い終えると同時に、男達は風呂敷を広げた。中からゼフィル兵の首がゴロリと地面に落ちてボールのように転がった。アールは咄嗟に顔を背けたものの、一瞬でも目に入ってしまった映像は瞬時に脳裏に焼きついて離さない。
 
「6体の内、2体はシオンがやった」
 と、アメリ。
 
目の前が眩む。血の気が引き、動揺を隠せないアールに声をかけようとしたヴァイスだったが、二人の間に入り込んだ人物がいた。
 
「お嬢、大丈夫っすか」
 
デリックだった。彼女の手首を掴み、後ろへ引き寄せた。
 
「お嬢は手出し無用っすよ」
「でも……」
 
第八部隊の男はハルベルトという武器を構え、前へ歩み出た。槍に、斧がつけられた武器で、斧の背中は鉤爪になっている。
 
「誰が行くんすか?」
 と、デリック。
 
一瞬、ルイの脳裏にシドの顔が浮かんだ。彼ならどんな武器が相手でも対応しただろう。アールは人との戦闘経験がない。カイもヴァイスも近距離攻撃向きじゃない。
 
「俺が行きましょうか?」
「いえ……ここは僕が」
 と、ルイはロッドを構えなおした。
「斧相手に魔導師ねぇ……」
 デリックはつまらなそうに頭の後ろで手を組んだ。
 
第八部隊の男たちは魔導師が相手だろうと怯むことなく向かってきた。あっという間に取り囲まれたルイは、振り下ろされたハルベルトをロッドで払いのけながら身を交わし、一人に打撃を加えた。しかし背後に回っていた男の攻撃によって突き飛ばされてしまう。
 
「1人相手に3人なんて卑怯だぞ!」
 と、カイが声を上げた。
 
シドがいなくなったことでチームの輪が乱れていた。これまでは殆どの戦闘をシドとアールに任せていたカイだったが、シドがいなくなり、アールは使えない。そんな状況で勝手な行動に出てしまう。地面に倒れこんだルイにハルベルトを振り下ろそうとしていた男の後頭部に重い衝撃が走った。カイがブーメランで打撃を食らわせたのだ。それを見たもう一人の男がカイを標的に捉え、襲い掛かった。ブーメランを持ったまま振り回すには重過ぎる。盾にはなるが、身を守るばかりで攻撃が出来ない。
ルイがひとりでも人数を減らそうとすぐに立ち上がるも、相手の動きが早くて攻撃を与える暇がない。
 
ぴょんと、ヴァイスの肩からスーが飛び降りた。カイの元へ駆けつけ、体を平たく伸ばして敵の顔にへばりついた。
 
「スーちんナイス!」
 
ようやくカイに攻撃チャンスが回ってきたかと思ったが、カイの攻撃を止めたのはアメリでもシオンでもなく、残りの部下、エルサという女だった。彼女も同じ武器を扱うが、二刀流だ。華麗に舞いながらカイの攻撃を阻止してみせた。
 
「女の子と戦うのは嫌なんだけどなぁ……」
「じゃあ死ねば? 影武者と同じように」
 
表情を変えることなくそう言ったエルサは地面を蹴ってカイに斬りかかった。ルイが咄嗟にカイを結界で守ったが、その隙にひとりの男からの攻撃を背中に食らってしまった。防護服は破れはしなかったものの、骨に皹が入るほどの衝撃だった。
カイが手を出したことでルイが引き受けた3対1だったはずの戦いに、亀裂が入った。仕方なくヴァイスは腰から銃を引き抜き、ルイに大きなダメージを与えた男のこめかみを狙った。その直線上に、アメリが入り込んだ。
 
「銃は卑怯だと思わないのか」
「やむ終えないこともある」
 と、ヴァイスは目の前に立っている彼女の眉間に銃口を向けた。「戦いにルールは必要ない」
「そう。なら安心した」
 
──と、突然目の前からアメリの姿が消えた。
 
「……?」
「じゃあ私も飛び道具にするよ」
 
ヴァイスの右腕に激痛が走った。服が切り裂かれ、二の腕に一文字の深い傷が出来ていた、濃い赤色の血がじわりと広がり、滴り落ちた。
 
「私の武器はこれ」
 
再び目の前に現れた女の両手には、チャクラムが握られていた。ドーナツ型の外側は鋭い刃になっている。内側に指を入れて回しながら飛ばす武器だが、彼女は内側を4本指で挟むように持っている。
 
「近距離も遠距離も対応できる」
「…………」
「それと、私の自慢は俊足。同じスピードで動けないなら目で追うのは無理だと思うけど」
「……問題ない」
 
ふっと目の前からいなくなったアメリを追うように、ヴァイスも瞬発力を上げて彼女のスピードに追いついた。動きの速い彼らではここは狭すぎる。アメリは広場から離れ、ヴァイスとの戦闘を請け負った。
 
アールは地面に転がっているゼフィル兵の頭を直視出来ないでいた。そんな彼女にデリックは言った。
 
「人は必ずいつか死ぬもんだ。兵士になった以上、死ぬ覚悟は出来てる」
「でも死にたいと思ってる人はいないでしょ?! それに……私の代わりに殺された」
「そう言いなさんな。あんたや世界を救う為に戦って死んでったんだ。それなのに“私のせいで私の代わりに死んでった可哀相な人たち”に仕立て上げるのはよくない」
 
ポンと、アールの頭に手を置いた。
 
「あんたがもし死んだら、可哀相な人だった、で済まされたくはないだろう? これまでの努力や思いなんか無視されて」
「そうだけど……」
「悪いと思うのは勝手だが、悪いと思うなら哀れむんじゃなく、死んでった奴らの思いを受け継いで戦おうぜ。死を無駄にしちゃいけないっすよ」
 

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