voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷4…『シドの家へ』

 
──結局、ゼンダからの連絡は来なかった。
 
朝を向かえ、アールが起床した頃には朝食が出来ていた。いつもの座卓が窓際に出され、空腹を刺激されたアールは即座に席についた。
 
「本当は起きたら布団を畳み、歯を磨いてから食事を済ませ、もう一度歯を磨くのが一番いいんですけどね」
 と、アールに熱いお茶を注ぐ。
「今更言う? それ」
 そう言って笑うと、ルイもそうですねと笑った。
 
本当に今更と思えるほど、長い旅をしてきた。ヴァイスは途中から仲間になったけれど、ルイ、カイ、そしてシドとはずっと一緒だった。
 
「食費も食材も押えられていいね」
 なんて、シドがいないことに微笑する。
「えぇ」
 ルイも同じように笑って、自分の湯飲みにお茶を注いだ。
「でもきっと、今だけだよね」
 願いも込めて。
「えぇ、今だけです」
 
ルイは立ち上がり、カイを起こした。
 
ゼンダからの連絡が来ないことと、カイがなかなか起きなかったこともあり、シドの故郷にはアールがスーを連れて一人で行くことになった。
 
「本当にお一人で大丈夫ですか? カイさんのご飯は冷めてしまいますが置いておけば問題ないかと。ゼンダさんからの連絡がないのは気になりますが」
 部屋の前でアールを見送る。
「なるべく傍にいてあげて? 私はスーちゃんがいるから大丈夫」
 
スーが任せてくださいと拍手をした。
 
「では、アールさんをよろしくお願いしますね」
 と、ルイはスーにアールを託した。
 
アールは宿を出ると、真っ直ぐゲートボックスに向かい、シドの故郷、ツィーゲル町に移動した。
 
「スーちゃん、ごめんね」
 アールの言葉に、スーは目を向ける。
「最近ちょっと不安定で。この世界で生きて行くことを受け入れていかなきゃいけないって思ってるんだけど、それを拒否している自分がまだいて、そんな自分に嫌気がさして……。スーちゃんがいてくれると安心する」
 
スーは拍手をして、アールの心情を察したことを知らせた。アールはスーの頭を指で撫でて、シドの実家へ向かって歩き出した。
 
ふいに、これまでのシドの言動を思い出す。同じくルイも、思い返していた。眠ろうにも眠りにつけず、布団の中で包まっているカイも、モーメルの家で待機しているヴァイスも、これまで共に旅をして来たシドの言動を、思い返していた。
 
シドはいつから、ムスタージュ組織と関わりを持っていたのだろう。
彼はいつからそのことを隠していたのだろう。
これまでの彼の言葉が、行動が、全てが、偽りだったのだろうか。
 
そういえばシドは前から仕事を探しに行くと言って一人での行動が多かったような気がする。
なにもかもが疑わしく思えてしまう。
 
シドの家、バグウェル家にたどり着いたアールは神妙な面持ちでドアをノックした。家の奥から声が聞こえ、玄関のドアを開けたのは末っ子のヤーナだった。
 
「アール!」
 と、アールを見るなり驚いた声を上げた。
「突然すみません。どうしてもお訊きしたいことがあって」
「いいけど……今あたししかいないよ?」
「そうですか……」
「ま、とにかく入りなよ、せっかく来たんだし」
 と、ヤーナはアールを快く招き入れた。
 
居間に通され、ソファに腰掛けた。ヤーナは点けていたテレビを消して台所へ行くと、冷蔵庫からお茶を取り出して二つのガラスコップに注いだ。
 
「あ、お茶でいいかなぁ?」
 と、台所から声を掛けられる。
「はい! おかまいなく」
 
ヤーナはお茶をお盆に乗せて、ソファの前にあるローテーブルに運んだ。その隣りにはさっきまでつまんでいたのであろうスナック菓子が置かれている。
 
「そのお菓子食っていいよ」
「あ、ありがとうございます」
 
ヤーナもアールの隣りに座り、お茶を一口飲んでから訊く。
 
「で、なに? 訊きたいことって」
「あ、あの、前に話してくれたと思うんですけど、ワードさんとベンさんについてお聞きしたくて」
「なんで?」
 と、棒状のスナックに手を伸ばす。
「えっと……」
 
確かにそうだ。なんで二人のことを訊くのか疑問に思われるのも当然だった。
アールもお茶を一口貰うと、肩に乗っていたスーがテーブルの上に移動した。
 
「あ、コイツなんだっけ」
「スライムのスーちゃんです」
「そうそう! 確か水? 飲むんだっけ? ちょっと待ってね」
 と、ヤーナはスーのために水を用意しに台所へ。
 
スーがアールを見つめている。
 
「ん? ……大丈夫。話すよ、心配かけない程度にね」
 
ヤーナが深めの小皿に水を入れて持ってきてくれた。水しぶきを上げないように、そっと浸かるスー。
 
「こいつ可愛いねー」
「はい。──あの、それでワードさんとベンさんのことなんですけど」
「あぁ、うん」
「最近ちょっと……シドが彼らとばっかりつるむようになっちゃって」
「なにそれ。どういうこと? てか、アールはベンさんと会ったの?」
「はい、なんかシドに用事があったみたいで」
 
嫌な汗が滲む。あまり心配はかけたくない。もしかしたらカイの言うとおり、シドには考えがあって一時的に奴らの仲間になっている“フリ”をしているかもしれない。それなのに大げさに騒ぐのはまだ早い。
 
「えー、あたし前々から連絡してんのに返事こなくてさぁ、忙しいんだと思ってたのに。いいなぁ」
 
彼女はベンという男に惚れている。
 
「でも何しにシドに会いに来たの?」
「それがわからなくて。誰にも話してくれないし。それに最近……私たちとの旅を止めてベンさん達と一緒にいるみたいだから何か知らないかなって」
 
水に浸かっているスーがアールとヤーナを交互に見遣った。
 
「旅止めたって……なにそれ」
 と、険しい表情になるヤーナ。「あいつが旅やめるかなぁ」
「そうなんです。だからなにか事情があるなら知りたいと思って。私たち、シドがいなくなって困ってて」
「連絡取れないってこと? あたしから電話掛けてみようか? って、あたしが掛けでもあいつすぐ切るんだよ。ヒラリーとしかまともに話さない」
「そうなんですか……。ヒラリーさんは今どちらに?」
「仕事。最近転職してね、今は保育所で働いてるんだよ」
「そうなんですか、イメージ通りですね」
「あたしもそう思う。あたしには無理な仕事だよ」
「子供嫌いなんですか?」
「ううん。可愛い子供は好きだけど、生意気な子供は大嫌い」
「あははは、わからなくもないですけど」
 と、ヤーナの素直な意見に思わず笑う。
「クソ生意気なガキっているじゃん? まーあれは親に問題があるんだろうけどさぁ」
「なるほど……」
「あ、でなんだっけ。ベンさんたちの事か」
 と、お茶を飲む。「最近はほんと交流がないからなぁ。シドとベンさんが会ってることも知らなかったし」
「そうですか……」
「あたしだけかもしれないけどね。でもヒラリー姉さんもエレーナも、夕方にならないと帰って来ないよ。エレーナは男のとこだけど」
 
夕方にまた訪問すべきかもしれない。そう思った。
ふと、以前お邪魔したときにヤーナに連れられてシドの部屋に入り、鍵つきの引き出しを開けようと試みたのを思い出した。あの引き出しにはもしかしたら組織に関するなにかが隠されているのではないだろうか。
 
「あの……シドの部屋って見せてもらうこと出来ませんか」
「え?」
「以前お邪魔したときに、引き出しが気になって。あそこに……なにか隠してるのかなって」
「う〜ん?」
「あ、ベンさんたちとのことです。なにか手がかりがあるかなって……」
 なにが入っているのか気になる好奇心だけで見たいんだと誤解されたかなと思い、そう言い足した。
「うん、それはわかってるよ。でも、ごめん。あのときは冗談半分だったから。シドが久しぶりに帰ってきてくれて嬉しくて舞い上がっていたし、どうせ開かないと思っていたし」
「そうですよね……ごめんなさい図々しくて……」
「ううん、困ってるのはわかってるから。ただ、あたしだけじゃ判断できない。姉さんが帰ってきて、訊いてみてオーケーならいいと思う。緊急だろうしね」
 
──本当に緊急なんです。命がかかっているほどの。
喉から出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
 
「では、夕方頃にまたお邪魔してもいいでしょうか」
「もちろん。姉さんには言っておくから。力になれなくてごめん」
「いえ、ありがとうございました。スーちゃん、帰るよ」
 
アールはポケットから取り出したハンカチを手に乗せて差し出すと、その上に水からあがったスーが飛び乗った。
 

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