voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交30…『宿』

 
「終わったよ」
 と、モーメル。
「…………」
 シドは黙ったまま立ち上がった。
「最近はどうだい」
「なにがだよ」
「魔力の方は。うまく使えてるのかい?」
「いつの話をしてんだよ」
「じゃあ彼のことはもう断ち切れたんだね」
 
──タケル。
 
「あいつは関係ない」
 と、シドは階段を上がる。
「カイを呼んでおくれ」
「…………」
 
廊下には電話中のアールがいた。目が合ったが、特に何を言うわけでもなく部屋に入った。
カイはシドと入れ替わりに部屋を出て階段を下りた。ベッドの上に置かれたカイのゲーム機を勝手に拝借して椅子に座ったシド。ルイはベッドに腰掛けたまま本を読んでいる。
 
「アールさんはまだ電話中でしたか?」
「あぁ」
 
ミシェルと電話が繋がったアールは、廊下の突き当たりで腰を下ろした。自分の番が来るまで話しに付き合ってほしいとミシェルに伝えた。
 
「え、じゃあもうしばらくモーメルさん家にいるの?」
『えぇ。ワオンさんが二人で住める場所を探してくれてて、見つかるまではこれまで通り』
「今ワオンさん家でしょ? 新しいとこ見つかるまでそこで一緒に住まないの?」
『提案はされたんだけど、私が断ったのよ。モーメルさんのお手伝いをしたいからって』
「そっか。優しいね」
 と、微笑んで、足を伸ばした。
『そんなことないよ。私の居場所を作ってくれて、お世話になったから』
「ワオンさんは? 今も一緒にいるの?」
『ううん、今は仕事中よ』
「まだ仕事なの?」
 
時刻は午後10時を過ぎている。
 
『もう帰ってくるとは思うけどね。晩御飯作ったから、一緒に食べてから帰るつもり』
「そっか、その頃には私達ももうおいとましてるかな」
『あ、ねぇ、私の部屋使っていいわよ? 鍵はかけてないから。雑誌とか置いてるから暇つぶしにはなるかも』
「ありがとう。じゃあお邪魔しようかな」
 
アールは立ち上がり、ミシェルの部屋に手を掛けた。
 
「あ、でももう順番来そうだから、今度またお邪魔したときにミシェルいたらお部屋に上がらせてもらおうかな」
 
階段を軽快に上がってくる足音がしたため、そう言った。思った通り、カイが上がってきた。
 
「あ、アール、ばあちゃんが呼んでるー」
「はーい。──呼ばれたから、電話切るね。ごめんねいきなり電話して」
『ううん、私も暇してたから助かった。またなにかあったら気軽に電話してね』
「うん、じゃあまたね」
 電話を切り、ポケットに入れた。
「ミシェルちんと電話ー?」
「うん」
「ミシェルちんばあちゃんち出てくの?」
「うん、いずれはね。でもまだしばらくはここにいるみたい」
「そっかそっかー。寂しくなるねぇ」
 と、カイはシドたちがいる部屋に戻って行った。
 
アールが階段を下りていくと、モーメルがいくつもあるモニターの前の椅子に腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
 
「ちょっと休んでもいいかい?」
「はい、それはもちろん」
「隣りに座るかい」
 と、モーメルは部屋の端に置いてあった椅子を隣りに移動させた。
 
ごちゃごちゃとした機械が置かれている前に座らせられると、少し緊張した。誤って変なボタンを押してしまわないか不安になる。モーメルはアールの分のコーヒーも用意しており、パソコンのキーボートの横に置いてあった。こぼさないように持ち上げてからは、こぼしてしまいそうで置けなくなってしまった。
 
「あんたのアーム玉だけどね、作るのに少し厄介なのさ」
「そうなんですか?」
「あんたの力がどれくらいのものかわからないからね。アーム玉が抱えきれる範囲ならいいが、それ以上ならアーム玉の方が壊れてしまう」
「……私にそこまでの力があるとは思えない」
「そうだね、アタシも今のところはあんたがよくわからないよ。はじめにあんたのこと調べただろう? 今調べればあんたのデータ数値に変化があるはずさ」
「調べ直すんですか?」
「そうしたいところだけどね。このあと用があってね」
「こんな遅くに?」
「働き者は忙しいのさ」
「…………」
 
コーヒーを飲むモーメルの横顔を眺め、アールもコーヒーを一口飲んだ。いつもルイが淹れてくれるコーヒーよりも薄い味がした。
 
「モーメルさんって、結婚してるの?」
「──?! なんだい急に」
 と、コーヒーを零しそうになる。
「ミシェルが結婚したから。モーメルさんは今もずっと働き続けてるし……ずっとひとりなの?」
「結婚なんかに興味はないよ」
「そうなの?」
「自由を奪われることが何よりも嫌いでね」
「そう……。でも、恋はしたでしょう?」
「ミシェルからも同じことを訊かれたよ。恋愛している暇があったら、研究をしたいものだね」
 と、立ち上がる。
 
モーメルはコーヒーカップを台所の流しに置き、戻ってきた。
 
「移動するよ。コーヒーはその辺にでも置いときな」
 と、外へ出て行く。
 
その辺にと言われても、機械が置かれた場所に置く勇気はない。立ち上がり、椅子の上に置いてから外へ出た。
アールは母家の隣にある大きな倉庫へ招かれた。いつもは厳重に閉ざしてある扉の南京錠が外されている。ルイがここに入ったときには足の置場もなかったが、今は所せましに置かれていたものは端に寄せられ、中央にスペースを作っていた。そして赤い絨毯が敷かれている。
天井は高く、埃っぽい。
 
「ここは?」
「ここも作業場さ。手に入れた魔道具や、これまでに作った失敗作など置いてるのさ。空のアーム玉もここにある」
 
奥に4つほど宝箱が置かれいた。その中にぎっしりとアーム玉が入っている。
 
「今後目覚める力のことも考えて、この辺にしとくかね」
 と、モーメルはひとつのアーム玉を取り出した。
 
アールからしてみればどれも同じガラスの玉に見える。使う者が持つ力の強さによって使用するアーム玉が違うようだ。
アールは辺りを見回しながら、沈静の泉で見た光景に似ているなと思った。泉に捨てられたガラクタが沢山山積みにされていたあの場所。
 
「絨毯の上で仰向けに寝ておくれ」
「あ、はい」
 
言われたとおりに寝転がった。目を閉じると、モーメルがスペルを唱え始めた途端に意識が遠のいていった。アールの頭から微光を放つ白い一本の線がゆらゆらと伸びて、モーメルの手の上に乗せられたアーム玉に繋がった。
 
「ここがあんたの宿になる。いいね?」
 
蛇のような白い線はシルバーコードといって、20分ほど時間をかけてアーム玉の中をうごめいたあと、身体の一部を切り離してアールの体の中へと戻って行った。
モーメルは最後のスペルを唱えてから、アールの横にしゃがんで肩を叩いた。
 
「アール、終わったよ」
「ん……え……」
 
特になにも感じなかった。気持ち悪さも頭痛などもなく、目覚めも悪くない。体を起こし、立ち上がった。そしてモーメルの手からアーム玉を受け取った。
 
「これがあんたのアーム玉さ。大事にするんだよ?」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -