voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交17…『トラブル』

 
挙式が始まる1時間前。
 
「そろそろ着替えましょうか」
 と、ホテルの部屋にいたルイが全員分のスーツを箱から取り出して大きなテーブルに並べた。
 
箱にはそれぞれ名前が書かれているため、サイズを間違えることはない。靴も用意されており、至れり尽くせりだ。
 
「アールはぁ?」
 と、隣りのベッドルームから顔を出したカイ。
「まだ戻ってきていません。忙しいのでしょう。僕もなにか手伝いたいと思っていたのですが、手は足りているようです」
 
全員立ち上がり、自分の衣装を手に持って着替え始めた。
 
「俺スーツ着るのはじめてかもー」
「本当ですか? でも確かにあまり着る機会はないですね」
「ルイはあんの?」
 と、いつもの服を脱ぎ捨てる。
「えぇ、何度か」
 ルイも上着を脱いだが、カイが床に脱ぎ捨てた服を拾い上げて畳みながら言った。
「シドはないよねぇ?」
「いや、ある」
「まじ?! いつ?!」
「身内の葬式で」
「あぁ……結婚式場で葬式の話はしないでよ」
「おめーが訊いたんだろ」
「ヴァイスんは?」
「…………」
「カイさん、ワイシャツはともかくなぜもうジャケット着るのですか。まず先にズボンを履いてください」
「なにから着ようが個人の自由だと思います!」
 と主張するカイの下半身はトランクス一枚だった。
「ジャケットがシワになりますから着るのは部屋を出るときでいいでしょう。特にカイさんは寝転がりそうですし。ジャケット脱いで、ズボンを履いてください」
 ルイはカイのズボンを広げた。
「はいはいはいはいわかりましたよーだ」
「あとその髪型も、変えないといけませんね」
「前髪縛ってたらなにか悪いことでもあるわけ? 俺が前髪縛ってることで二人の仲が悪くなるわけ?」
「いいからズボンを履いてください」
 
ルイがカイの世話を焼いている間に着替え終えたヴァイスは、静かに椅子に座った。テーブルの端にいたスーがヴァイスのスーツ姿を見て拍手をした。
 
「スーさんはおめかししなくてもよろしいのでしょうか」
 と、ルイ。
「どうやってめかし込むんだよ」
 と、着替え終えたシドも笑いながら椅子に座った。
「シドさんネクタイは?」
「まだいいだろ」
「早めに用意しておきましょう」
「ったく面倒くせーな」
「ルイのいいなースカーフ?」
「アスコットタイですね。チーフの色とお揃いです」
 カイにズボンを履かせてから自分も着替えた。
「俺オレンジネクタイ! ミシェルちん俺がオレンジ好きなの知ってるんだねぇ」
「目の色と合わせたんだろ」
 と、ネクタイを締めるシド。
「曲がってますよ」
 と、手を貸すルイ。
 
全員が着替えを済ませた。いつもの防護服とは違い、急に大人びたように見える彼らはあまり落ち着かない様子で時間が来るのを待った。
 
「30分前にはチャペルへ向かいましょう」
「アールきっと俺にますます惚れてしまうねぇ」
 と、さっきからリビングの壁にかけてある鏡を見ているのはカイだ。いつも縛っていた長い前髪はルイによって横に流し、洒落た髪型になっている。
「別人のようですね」
 と、ルイ。
「ねぇアールから連絡はー?」
「電話してみますね」
 
ルイは席を立ち、部屋の隅に移動してアールに電話をかけた。
 
『──はい』
 と、すぐにアールが出る。
「アールさん今どちらに? 準備は済みましたか?」
『今ミシェルと一緒なの。急にスピーチ頼まれて今考えてるとこで……もうこういうの苦手!』
「そうでしたか」
 と、微笑む。「では部屋には戻らずそのままチャペルへ来られますか?」
『うん、そうする』
「わかりました。ではまた後ほど」
 ルイは電話を切ると一連の流れを仲間に知らせた。
 
電話を切ったアールはスーツに着替えており、花嫁の控え室にあるテーブルに広げた紙を眺めた。スピーチの文章をあらかじめ考えておこうと書いた紙だが、すかすかで中身がないように思える。
 
「あー…だめだ。言葉足らずすぎて自分が嫌になる」
 と、背もたれに寄りかかった。
「ふふ、そんなに考えなくていいって言ったのに」
 と、後ろでミシェルは二人のドレスコーディネーターとウエディングドレスに着替えているところだ。
「でもさぁ、一生に一度の結婚式だよ? 私の変なスピーチのせいで台無しにはしたくないよ……」
 
──と、また携帯電話が鳴った。
着信相手を確認したが、登録していない番号だった。嫌な予感がした。咄嗟に浮かんだのはシオンだったからだ。
 
「ごめんちょっと廊下で電話出るね」
 と、ミシェルを見遣り、目を輝かせた。「めっちゃ綺麗!!!!」
「ありがとー! あとでゆっくり眺めて?」
 と、笑う。
「うん!」
 
酷い男に騙されていた頃のミシェルとは大違いだった。幸せに満ちていて、お姫様のようで、きらきらと輝いてる。ワオンによって磨かれたダイヤモンドのようだった。
 
廊下に出たアールは深呼吸をして電話に出た。
 
「……もしもし」
『アタシだよ、ここどこかね』
「…………」
『聞いてるかい?』
「モーメルさん?! まだ来てなかったの?!」
 電話をしてきたのはモーメルだった。自宅の番号は登録しているが、彼女は携帯電話を持っていない。どこからかかけてきたのだろう。
『着いてたら電話なんかしないさ』
「えー嘘でしょ?! もうすぐ挙式始まっちゃうのに! 周りになにがあります? ていうかゲートで来たんですよね? ゲートボックスの前で待っててもらえます?」
『そこから随分歩いたんだがねぇ』
「船の乗り場が……」
 
そうだ。船乗り場はいくつかあったのだ。自分はルイについて歩いただけだから迷わなかったが。
 
「とりあえずゲートボックスまで戻っていてください、迎えに行きます」
 アールは電話を切り、控え室のドアを開けてミシェルに言った。
「モーメルさん道に迷ってるみたい!」
「えー、ほんと? 間に合うかしら……」
「私迎えに行ってくるね」
「ひとりで大丈夫?」
 不安げに訊くミシェルに、コーディネーターの一人が口を開いた。
「手が空いてるスタッフに頼みましょうか?」
「あ、助かるけどでも、時間ないですよね? 多分大丈夫だと思います。行ってきます!」
 

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