voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交15…『前日』

 
薄暗くなった頃、アールとルイはテンプス街に戻っていた。
部屋にいたのはカイだけだ。街に戻るときにヴァイスに声をかけようと思ったが既にいなくなっていた。ムゲット村にでも行ったのだろう。
 
「カイさん、遅くなりました」
 と、ベッドで寝ているカイを揺さぶった。
「そんなんじゃ起きないよ」
 と、アール。しかしうつ伏せで寝てたカイは寝返り、目を開いた。
「起きてるよ。お腹すいた……」
 ぐるぐるとお腹の音が鳴る。
「お昼はどうされたのです? シドさんにカイさんを連れて外食するよう連絡しておいたのですが」
「シドは隣り街に行っちゃってずっといないよ……」
 ぎゅるるるとお腹が鳴る。「隣り街ならVRCあるからって」
「そうでしたか。でしたら連絡くださったら一度帰りましたのに」
 カイはベッドから体を起こしてお腹をさすった。
「えーだって起きたのさっきだもん」
「ずっと寝ていたのですか?」
 ルイはシキンチャク袋から食材を取り出した。
「他にすることないんだもん」
 
アールは欠伸をしながら窓際に立った。
 
「シドについて行けばよかったのに」
「行こうかと思ったよー? 新しい武器もっと使いこなしたいしさぁ。でも」
「でも?」
「眠かったから」
「なにそれ」
「女の子からの誘惑と、睡魔の誘惑には敵わないんだよ。アールだってこの誘惑には勝てない!っていうなにかあるでしょう?」
「まぁ……。あ、冠置いてきちゃった」
 と、アールは頭に手を置いた。
「え、なに冠って」
「アールさんどこかに置き忘れたのですか?」
「モーメルさん家の机の上。ミシェルに電話しとこうかな」
 と、ポケットから携帯電話を出した。
「ねーなんの話ぃ?」
「花の冠です。式場の女性スタッフの方から頂いたそうで」
「アールお花の冠かぶってたの?! 見たい!!」
 
アールは造花じゃないから、長くは持たないだろうなと思いながらミシェルに電話をかけた。
 
「──あ、もしもしミシェル? テーブルに花の冠あると思うんだけど、それあげる」
「なに言っちゃってんの?!」
 と、カイはアールの腕を掴んだ。「俺まだ見てないのに!」
『いいの? ふふ、お部屋に飾ろうかしら。今日は本当にありがとう、なんとか間に合いそう』
 ミシェルの明るい声が電話の向こうから聞こえて来る。
「ほんと? よかった! 当日も早めに行くから、手伝うことあったらなんなりと!」
『ありがとう!』
 
電話を終えたアールはカイを宥めてベッドに腰掛けた。ルイは部屋で料理を始めた。ここの宿は食事のサービスなどはやっていない。
 
「ここってお風呂もないよね?」
 と、アール。
「ええ、残念ながら。近くに銭湯があるようですよ」
「ほんと? 行こうかな。夕飯食べてからいこうかなぁ」
「俺も行く行く!」
 と、カイはアールの横に座る。
「お風呂も入らずに結婚式に出るのって失礼な気もするし、きれいにして参加したいもんね」
「アールはお風呂に入らなくても綺麗だよ」
 カイはクールにそう言った。
「なにその褒め方」
「アールなら1ケ月くらい入らなくても綺麗だよ」
「微妙」
「じゃあ半年」
「そういう問題じゃない」
 と、立ち上がる。「ルイ、なにか手伝うことある?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そういえばさーあ、俺の明日着る服も見た? どんなやつだった? 黄色だった?」
「なんで黄色なのよ。芸人か」
「どれも清潔感があってかっこよかったですよ」
 と、取り出したテーブルの上で食材を切るルイ。
「私のスーツもタイトな感じでなんか出来る女って感じだったの」
「え、じゃあアールのドレス姿見たかったけどスーツに網タイツとハイヒールでもいいや」
「なんか余計なもんついてんだけど」
「え、網タイツくらい履いてよ」
「結婚式に? バカでしょ」
「結婚式じゃなくてもいいからさぁ」
「ねぇルイ、最近カイのセクハラが酷い」
「カイさん慎みましょうね」
「慎みます。」
 
外の明るさが徐々に消えていき、明日が近づくにつれてアールはどきどきと胸が高鳴るのを感じた。ミシェルのウエディングドレス姿を想像して顔が綻ぶ。ワオンとミシェルの仲を取り持って、うまくいけばいいと思っていた。幸せになってくれたらいいと思っていた。
でもまさか本当に願いが叶うとは思ってもみなかった。こんなにも早く、ふたりの幸せを見届けることが出来るなんて。
 
夕飯を食べ終えたアールは、カイと銭湯に向かった。男湯と女湯で別れ、浴場へ。あまり人がいないことを望んでいたアールは少し不安になった。人が一人もいなかったからだ。確かに人がいない方が体の痣など気にしなくていいのだが、全くいないとなると少し不安になる。
 
体を洗い流してから、湯船に浸かった。5分もしないうちに隣りの男湯からカイの歌声が聞えてきた。
 
「はっはっはははっ、はははのはっ、笑うといいことあるかもねーん」
「…………」
「はははははははっ、笑うと怪しまれるかもねーん」
「カイー?」
 と、壁に近づいて声を掛けてみる。
「ん? 今なんかおなごの声がしたような」
「カイ、聞こえる? そっちも誰もいないの?」
「アールん?!」
 
お湯を掻き分けながら壁側に近づいてくる音が聞えた。
 
「アールん?!」
 と、壁を隔てて大きく聞える。
「そっち誰もいないの? こっちは誰もいないの」
「え、じゃあ俺がそっちに行ってあげようか?」
「誰もいないんだね。大丈夫かな、ここ……」
 
おんぼろとまではいかないものの、天井や天井付近の壁の塗装が大きく剥がれている。
 
「この街なんもないじゃん? 旅人もあまり寄らないんだってさ。銭湯は他所から来た人しか入れないらしいから、人来ないと思うよ」
「そうなの?」
「受付のおっちゃんが言ってた。宿に風呂ないから造ったって」
「ふーん」
「アール今裸ですか?」
「シドってまだ戻ってこないのかな。ヴァイスも」
「もうすぐ戻ってくるんじゃないのん? 早く帰ってきたって宿なにもないじゃん。街自体も」
「そうだけど……ちゃんと帰ってくるか心配。明日結婚式だし」
「大丈夫だよぉ。──ところでアールは今裸なんですよね?」
「ルイだって夕飯作って待ってるのに。きっと二人が帰ってくるまで待ってるでしょ?」
「まーいいじゃないのー。ルイはルイ、シドはシド、ヴァイスはヴァイス、スーちんはスーちん、俺は俺、アールはアール。──で、裸なんですよね?」
「明日楽しみだなぁ……すっごく綺麗だと思うよ、ミシェル」
「うん、でも俺今アールが裸かどうか確認することのほうが大事」
「慎むんじゃなかったの?」
「慎みます。」
 
結婚式に初めて参加したのは小学生の時だ。いとこの結婚式にお呼ばれして、可愛いドレスを着させてもらった。大人になってからはまだなかった。まだ21だし、そもそも友達が少ない。
 
「……久美」
「んー?」
 と、聞き取れなかったカイ。
「あ、なんでもない」
 
一番最初に参加するのは久美の結婚式だと思ってた。結婚するなんて聞かなかったけど、彼女はしっかりしているし美人だし、早いだろうなって思っていたから。
でも、違った。
 
「あれ? シドじゃーん!」
 と、壁の向こうから話し声が聞こえて来る。
「誰もいねんだな」
「向こうにアールがいる」
「シド戻ったんだね」
 と、アールは耳を澄ませた。
「ルイが早めに帰れってうっせーからな」
「あれ? ヴァイスんも来たんだー」
 
──ヴァイス?
アールはますます耳を澄ませた。旅の道中、ヴァイスが泉に入っている姿など見たことがないし、立ち寄った街でお風呂に入っている様子もなかったからだ。
 
「へー、毛むくじゃらじゃねーんだな」
 と、シドが笑う。
「筋肉あるねぇ……ムカつくー」
「…………」
「スーちんはいないの?」
「部屋にいる」
「そっかー。あ、アールぅ、ヴァイスんなかなかいい体してるよー。当然のように腹割れてるし。あ、今から体洗うみたい。ヴァイスは頭から洗うみたい」
「いちいち知らせんでいい!」
 と、アールは湯船にもぐった。
 

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©Kamikawa
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