voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋22…『待ち合わせ場所へ』


会いたいと思っているときには会えなくて、思わぬときに出くわしたりする。
それってきっと、ここでこれから彼と出会ったのは、ここで出会わなければならなかったからだろう。
 
少しずつ、近づいてくる。
これまでの道のりをひとつひとつ辿って、これから待ち構えている心が痛くなる事件にもまたひとつ。
 
腕に手を触れると、胸がえぐられそうになる。
 
全ての疲れを忘れる出来事もまたひとつ。
いいことと悪いこと、バランスよく交互に訪れてくれたらいいのに。
 
ここはきっと私の最大の分岐点。
運命はどこまで決められているんだろう。
私だけに言えることじゃない。
みんなの運命も
いったいどこまで……

━━━━━━━━━━━
 
「待ち合わせ場所は東区にある≪虹の空≫という酒屋だそうです」
 と、電話を終えたルイが言った。
 
ジャックから連絡があったのだ。時刻は午後7時半。8時に待ち合わせだ。
宿の部屋に戻っていたのはカイとアールだけ。シドもヴァイスもまだ戻ってきていないどころか、戻って来る気配もない。
 
「シドさんに連絡してみましょうか」
「あ、じゃあ私はヴァイスに連絡してみる」
 と、アールは携帯電話を出した。
「じゃあ俺はスーちんに」
 と、カイも携帯電話を取り出すボケをかましたが、二人とも取り合わなかった。
 
カイは無言のままベッドに横になった。無視されるとむなしい。
 
「あ、ヴァイス? 今どこかな。帰ってこれる? ──え? ほら、ジャックさんと会う約束してたじゃない。……でも、ほら、会わなかったらまた今度いつ会えるかわからないんだし。……でも、待ち合わせは酒屋さんみたいだから、お酒飲めるよ、話さなくていいから行こうよ。スーちゃんも一緒にさ」
 と、来たがらないヴァイスを説得しているアールの横でルイも同じように説得に追われていた。
「シドさん、帰って来られますか? ──ジャックさんとの約束をお忘れですか? 待ってください、待ち合わせ場所が東区にある≪虹の空≫という酒屋のようですから、久々の再会ということでお酒でも嗜みませんか?」
 
二人はほぼ同時に電話を切った。
 
「シドはなんて? ヴァイスは最初渋っていたけどわかったって。そのまま店に行くみたい」
「シドさんもはじめ行く気がないようで電話を切られそうになりましたが、お酒を口実になんとか説得できました。シドさんもそのまま向かうそうです」
「──ねぇ」
 と、カイがベッドから体を起こした。「なんでみんなで行くわけ?」
「なんでって、久々に会うんだよ? みんな顔見知りだし……ってあれ? ヴァイスって顔見知りだっけ?」
「いえ、ジャックさんと知り合ったときはまだヴァイスさんは仲間ではありませんでしたから」
「あ、そっか……じゃあ断るのも無理ないか。無理矢理誘っちゃったかな」
「ヴァイスさんもお酒は好きなようですし、今ではジャックさんは僕たちの友人のようなものですから、新しい仲間を紹介するのもいいでしょう。それに少し気になることがありますし」
「気になること?」
 と、アールは首を傾げる。
「ジャックさんの様子です。アールさんにかかってきたときからなにか、普通ではないような気が」
「確かに少し元気なさそうだった」
「とにかく少し早いですが、部屋にいてもなにもすることがないのでもう向かいましょうか」
 
アールはルイとカイと約束の酒屋に向かいながら、ジャックのことを思い出していた。
かつて共にした仲間と、出会ったエディの家を回ったジャック。仲間の死を家族に伝えるのはさぞかし心苦しかったことだろう。特にエディは仲間だったわけじゃない。
 
「なにかあったのかな。ジャックさん。エディさんの奥さんのところに報告に行ったときも、元気なかった。当たり前だけど……」
「ちょっとお訊きしたいのですが、ジャックさんからアールさんに連絡が来たとき、彼はどこにいたのですか?」
「え? 私たちが浮き島にいたとき?」
「えぇ。ジャックさんはどこから電話をかけてきたのでしょうか」
「多分聞いてないと思うけど」
「ここの街の近くならわかるのですが、もし距離がある場所にいたとして、わざわざここまで来てくださる理由が、悪いものではなければいいのですが」
「……それ、どういう意味?」
 と、不安になる。
「待って待って」
 と、カイが口を挟む。「どっかの街からかけて来たんなら、ゲートボックスからこの街までひょい、と来れるじゃん。わざわざってほどじゃないよー」
「確かにそうですが……。疑いすぎましたね、すみません」
 と、困惑しながら微笑んだルイ。
 
「アールまたお酒飲むの?」
 と、カイ。
「私はいいや。あ、でも勧められたら飲まなきゃいけないかな……」
「酒屋にお菓子あるかなぁ」
「ふふ、さすがにないんじゃない? あ、あるかな? クラッカーみたいなの。カイはおつまみ系は好きじゃないの? スルメとか」
「好き好き。美味いもの好きだからさー」
 
そんな会話をしながら前を歩く二人を微笑ましく見ていたルイ。ふいにシドの言葉が脳内で再生され、動揺した。
 
 だいぶ前からチビに惚れてたろ
 
 旅に必要ない無駄な感情は捨てろ。いいな?
 
カイと話すアールの横顔。芽生えていた感情を自覚して、根付く。
 
「ね、ルイはお酒飲むの?」
 
突然振り向いたアールに、ルイはドキリとした。
 
「あ……僕はやめておきます」
「そっか。でもその分、シドが飲みそうだね!」
 
──芽生えた感情を根っこから抜き取り捨てる方法など、あるのだろうか。
 
あの日。
彼女を傷めつけて笑っていた組織の連中を感情のままに殺めた日が蘇る。
戸惑いは一切なかった。あったのは、大切なものを壊されそうになった焦りと怒り。守りたい感情。
あれを正義感と呼ぶには綺麗過ぎて、眩暈がするほど焦げた人間の悪臭が鼻をつく。
 
僕の中に眠っているまだ名前のない感情が、また彼女を通して目覚めそうで怖くなる。
 
「ジュースみたいな甘いお酒あったら飲んでみようかな」
「俺にも飲ませてー」
「まずかったらあげる」
「美味しかったら頂戴よそこは」
「シェアハピ」
「なにそれ。お酒の名前?」
「ハッピーをシェアすんの」
「しぇあはぴ」
「そう、シェアハピ」
 
その牙を向いた感情諸共、抱きしめてくれたのも彼女だった。
大丈夫だよ、そう言って。
 

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