voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋6…『命』

 
「俺はなんっとも思わねぇがな」
 と、シドは刀を抜いて素振りを始めた。
 
アールは話を終えたあと、テントに戻って一足先に眠りについた。
 
「殺しても、ですか」
 と、ルイはテーブルの上を拭く。
「相手が人でも、だ。敵なら皆殺しにする」
「…………」
「なにをそんなに気にしてんのかわかんねーな」
「村人を助けるために、殺してしまった。でも仕方がないことだったと、アールさんはそんな簡単に整理が出来ないのでしょう。同じハイマトス族のヴァイスさんが仲間にいれば尚更」
「俺はなんとも思わねぇがな」
 と、繰り返す。
「アールさんはまだ、魔物に対しても殺すことに後ろめたさを感じているのですよ。それなのに人として生きてゆくために人を喰らうしかないハイマトス族を殺めることになってしまったのですから……ハイマトス族として生まれた苦悩を知っているヴァイスさんに合わす顔がなかったのだと思います」
「…………」
 
シドは素振りを止め、眉をひそめた。
 
「わっかんねー…」
「だから彼女の問題だと言ったのだ」
 と、ヴァイスが洞窟から帰ってきた。
「ヴァイスさん……」
「私はなんとも思っていない。お前はどうだ」
 と、ヴァイスはテーブルの上にいるスーを見下ろした。
「スーさん?」
「自分と同じ種族のスライムを殺されたら、悲しいか」
 
スーはヴァイスを見上げながら手を作り、横に振って否定した。
 
「そんなものだ」
「けどハイマトスってのは絶滅種族なんじゃねーの? 実際存在してんのかどうかも曖昧だったしな」
 と、シドは素振りを再開する。
「我々は遺伝子を守る本能がない」
「というと……?」
 ルイは興味深げに訊く。
「魔物なのか人なのか、ハッキリしない我々にとってはどちらにもつけない生きにくい世界だ。人を喰らい、人の姿を手に入れ、人ではないが人間として生きてゆく。此の世に必要とは思えん種族を、絶やすことなく受け継いでゆきたいとは思わん」
「でも……アールさんの話ではハイマトス族の親子は生きようと必死だったと。だからこそアールさんは……」
「生まれたからにはそう思うだろう。愛する人が出来れば愛する人との子を残したいと思うだろう。だがそれは遺伝子を守りたいという本能ではない。我々にとって種族などどうでもいい。ただ、愛する人や家族は守りたいと思う。“人並み”にな」
「家族以外に仲間意識はないのか」
 と、シドは訊く。
「ないわけではない」
「ヴァイスさんは……ご自身の村を、その村人達を何者かに焼かれた時、どう思われたのです?」
「それとこれとは話が別だ」
「どう別なのです?」
「知り合いかそうではないかの違いだ」
「いやに冷めてんな」
 と、シド。
「…………」
「知り合いじゃねーならどうでもいいのか」
「哀れには思うが。お前はどうなんだ」
「ふん、どーでもいい」
「シドさん……」
「人同士で殺し合うこともざらにあるしな。どこの誰かもしらねー奴がしくじって殺されようが、俺には関係ない。たとえ人間が絶滅危惧種だとしてもな」
 
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静かな夜だった。
穏やかな時間が流れる。ベッドの上でスヤスヤと眠るワオンの横顔を眺めながら、ミシェルは愛おしく微笑んだ。
何もなかった。彼は本当に、なにもしてこなかった。それは優しさだと思っていたから、もう寂しいなんて思わなかった。寝返りを打った彼の手に、そっと自分の手を重ねた。温かい、大きな手。
 
「私も少し寝ようかな」
 
ベッドの横に布団が敷いてある。ワオンが出してくれたミシェルのための布団だ。本当は別の部屋に敷くつもりで出してくれたのを、一緒の部屋でいいと言って移動させてもらった。
一緒の部屋“が”いい。素直に可愛くそう言えなかったけれど。
 
はじめはベッドで寝るよう勧めてくれた。いつでもミシェルを優先に考えてくれるワオン。一緒に過ごせば過ごすほど、どんどん彼に恋をするのがわかった。
 
こんなにも心がときめき、穏やかな夜を過ごしたのはどのくらいぶりだろう。
ビクビクと怯えていた夜があった。寝返りひとつ打てば起こしてしまうかもしれないからと、ゆっくり眠ることも許されなかった。それなのに愛されていると思い込んでいたあの頃。
 
明日の朝はなにを作ろう。彼はパン派かしら。それとも、ごはん?
訊いておけばよかったな……。
 
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生き物を殺したことは、この世界に来る前からあった。
地面を這う小さい虫なら、無意識に踏み潰して来たんだろうし。そのことに対していちいち気にしていたら外に出られなくなる。
意図的に殺したこともある。夏場の蚊なんて当たり前に殺す。部屋に殺虫剤が必ずストックしてあるし、ハエたたきでハエだけでなくクモもムカデもゴキブリも殺したことがある。
好き好んで殺してるわけじゃない。苦手だから絶叫しながらパニックになりながら殺す。
 
もしこれらが人と同じ言葉を喋ったら
人と心を通わせることの出来るもの同士なら……?
 
きっと殺さない。殺さずにいられる。
そもそも、人を殺すほどの毒を持っている虫じゃないのなら、殺す必要なんてないのに。気持ち悪いから殺す。刺されたら痛いから殺す。刺されたら痒いから殺す。鬱陶しいから殺す。
 
惨いね。とても。
彼らは迷い込んでしまっただけなのに。
 
彼らは一方的に狙われて、逃げ惑うだけ。攻撃し返そうにも、敵が大きすぎる。
僕らが何をしたというのだろう。

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©Kamikawa
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