voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆34…『告白・罪』

 
午前2時。
静かな闇に覆われた時間に布団から起き上がったのはアールだった。隣のベッドで静かに寝ているルイを起こさないように、忍び足で部屋を出た。
少し頭がくらっとしたが、ただの立ちくらみですぐに治まった。
狭く暗いいびつな階段を下り、道に迷う。ウペポの屋敷は通路が狭く、小さな部屋が沢山あった。
時間を掛けてえ1階に下りたアールは、外の空気を吸おうと玄関のドアを開けた。
 
不意に雪斗の顔が浮かぶ。
 
──雪斗。
私はずっと前から、ここに来ることが決まっていたみたい。もしそれを知っていたら、私と雪斗との関係はなにか変わっていたのかな。
逢えなくて、逢いたくて、もしかしたらもう一生逢えないかもしれない。こんなに苦しい想いをするのに避けられないのなら、私は君に別れ話を切り出していたかもしれない。
別れていたら、どんなに好きでも、今よりは苦しみも半減するかもしれないし、雪斗も、私なんかさっさと忘れてもっと女性らしくて可愛くて優しくて、ずっと傍にいてくれる女性と幸せになれるだろうから……
 
アールは夜空一面に広がる星を眺め、雪斗のことを想った。そして視線を落とし、浮き島の端に背を向けて佇むヴァイスを見遣った。
隠すつもりはないけれど、伝える必要などあるのだろうかとも思えてくる。
一歩ずつヴァイスに歩み寄るたびに、胸がズキズキと痛んだ。本当は何もなかったことにしたい。あれは仕方なかったことだと言い聞かせ、自分を納得させたい。でも出来ない。
 
自己満足なのかもしれない。伝えなければ知らずに済むことを、わざわざ伝えるのは残酷なことなのかもしれない。
だけど、隠し通せない気がした。濃い紅い目は、全てを見透かしているような気がして。
 
「眠れないのか」
 
低く落ち着いたヴァイスの声。アールは振り返ったヴァイスから目を逸らすように顔を伏せた。ドクドクと心臓が鈍い音をたて、アールを追い込んでゆく。嫌な汗が滲み出る。
 
「なにかあったのか」
「私……」
 
風向きが変わり、アールから懐かしくも惨痛な臭いが漂ってくる。かつて仲間と共に生きていた時代を思い出す。人に狙われ、森の中を駆け回った。銃で撃たれて命を落とした仲間も多くいた。ハイマトスの血は、独特な臭いがする。
 
「私……」
「仕方ないこともある」
「え……」
「…………」
「ヴァイス……」
「お前は悪くない」
 
ヴァイスは見抜いていた。アールが持ち帰った痛みを、その漂う匂いから全て、察することが出来た。そして自分の中に止めておくべきか、打ち明けるべきか思い悩んでいることもなにもかも全て察した上で、彼女の自白(ことば)を遮るようにそう言った。
そんなヴァイスの優しさに、アールは嗚咽を漏らしながら膝をつき、両手で顔を覆った。その手に彼らを斬り殺したときの感触が甦り、小刻みに震えた。最期に救いを求めてきたその声も耳元で繰り返し聞こえてくる。仲間を次々に殺した人間を前にして、息子を守ろうと許しを請う父親の声。その願いも空しく、殺された。
 
──わたしに。
 
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「…………」
 
ヴァイスはアールに歩み寄り、目の前に片膝をついた。
 
「殺しちゃった……ヴァイスの仲間を沢山殺しちゃったの! それでもお前は悪くないって言える?! 言えないよ……追い払うだけでよかった……言葉が通じたんなら話せばよかった……それなのにっ……」
「アール」
 
ヴァイスは泣きじゃくるアールをそっと抱き寄せて、繰り返し言った。
 
お前は悪くない、お前のせいじゃない、と。
 

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