voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆17…『浮き島の魔女』 ◆

 
雲の橋を渡る一行の前に現れたのは上半身は鷲、下半身はライオンのグリフォンだった。
真っ先に攻撃を仕掛けたのは遠距離攻撃を得意とするヴァイスだった。銃声と共に飛び出した銃弾は向かってくるグリフォンの左頬を掠めた。
ルイはロッドを振るいながら“スイミン”の魔法をかけたが交わされてしまい、目の前に迫ったグリフォンの右翼をシドが斬りつけた。グリフォンは奇声を上げながら一旦シド達から離れると、旋回し、スピードを上げて再び襲い掛かってきた。
連射したヴァイスの銃弾が今度は胴体に数発命中。悲鳴をあげるもスピードが落ちないため、もう一度ルイがスイミン魔法を使った。今回はグリフォンの動きが突然止まり、重たい体は地面へ向かって落ちていった。
 
「ようやく効きました」
 と、ルイ。
「怖かったー。こんなとこで襲われたらたまったもんじゃないよ」
 カイはそう言って背伸びをした。
「ルイ、その魔法はカイにも効くのか?」
 と、シド。
「どうでしょうか。試してみないとわかりません」
「試さないでよ?! 試すなら寝る前にして!」
「寝る前だと効いたのかわかんないよね」
 アールはそう言って、周囲を警戒しながら先に進んだ。
 
雲の上にいる魔物は少ないようで、遠めに何匹が見えたものの襲い掛かってきたのはさっきのグリフォンだけだった。
順調に歩き進め、浮き島が見えてきた。平らな島が、確かに遥か上空に浮いている。そしてそこには真っ黒に焦げたような小さな城、木製で出来た魔女の家が建っていた。その周辺には背の低い植物が咲いており、家まで続く石段が並んでいる。
 
「魔女の家、イメージ通り……」
 と、カイ。
「とんがり屋根とかね。側塔とか中どうなってんのか気になるね」
 と、アール。
「どうする? うっひゃっひゃっひゃって笑う怖い魔女だったら」
「笑い方はどうでもいいよ……」
「どうする? わかい娘の生き血がほしいのだよって言われたら」
「若くないですって言う」
「どうする? 俺と結婚しないと呪うって言われたら……」
「全力で断る」
「呪われたほうがいいっていうの?! そんなバカな!」
 
アールはウィルから預かった銅メダルのようなお守りをシキンチャク袋から取り出した。浮き島に住むお婆さんに会ったら返してほしいと頼まれていたものだ。
魔女と聞くと少し怖いイメージがわくけれど、ウィルにお守りを渡してくれるような人だ。きっといい人に違いない。ただ、魔女と一緒にいたはずのウィルがどうして地上にいたのかは知らない。
 
玄関前まで来ると、歪んだドアが迎えてくれた。ガラス窓はどこも濁って、中を覗くことは出来ない。城のような家だけを見れば黒く不気味だが、その周囲は背の低い植物が咲いており、中には小さな可愛らしい花もある。
 
「ごめんください」
 と、ルイがドアをノックした。
 
すると、家の中から猫の鳴き声がした。その鳴き声に真っ先に反応したのはカイだった。
 
「猫だ! 猫の声がした!」
 興奮するカイに対して、アールは無言で反応していた。猫の鳴き声を聞いたのはどのくらいぶりだろう、と。
 
室内から足音が近づいてきた。ギギギ……と鈍い音をたてて開いたドアの向こうに立っていたのは、少しイメージからかけ離れた老婆だった。アールと同じくらいの背丈の老婆は、魔女らしい尖がり帽子をかぶっているものの、ロングスカートのオーバーオールを着ていて、その下はしろい長袖。襟元は着物のように交差している。白髪の多い髪は後ろにひとつ、お団子をつくっている。靴は帽子と合わせたのか、これも魔女らしく尖がっている。顔は、優しい表情だった。
 

 
「よく来たね」
「はじめまして。突然訪ねてすみません」
「いや、あんたたちが来ることは聞いてたよ。さ、入んな」
 
一向は室内に招かれた。
来ることを聞いていた、とは、妖精から聞いたということだろうか。それともウィル? 誰もモーメルと結びつけることはなかった。
 
家の中もほとんど黒い。オレンジ色の電球が黒い室内を照らしている。電気の笠にも、床に置かれた壷や箱など、埃がたまっている。掃除は苦手なようだ。
一同は客間に通された。そこだけは他の部屋と違い、掃除が行き届いている。真っ黒いソファに、ガラスのローテーブル、壁は焼いたような黒い木材が使われているが、電気は蛍光灯が使われ、眩しいと感じるほど明るい。
 
「お茶でいいかい」
 と、老婆は人数分の温かいお茶を運び、テーブルに置いた。
 
そして、「そっちは水でいいね」と、ヴァイスの肩にいたスーのために水も用意してくれた。スーは嬉しそうに水に浸かった。
 
「自己紹介をしてもよろしいでしょうか」
 と、ルイ。
 
老婆は自分のお茶を最後にテーブルに置き、ソファに腰掛けた。カイは開いている客間のドアの外を見ていた。猫の声が気になるのだろう。
ルイはひとりひとり仲間の紹介をした。そして、地上でウィルという少年と会い、訪ねたと伝えた。雑誌の記者であるライモンドから聞いた話はまだ口にはしなかった。
 
「これ、ウィルから返しておいてほしいと預かりました」
 と、アールはお守りを手渡した。
「そうかい。じゃああの子は無事に家に帰ったんだね」
 老婆はそう言ってお守りを受け取った。
 
お茶を一口飲んでから、老婆はゆっくりと口を開いた。
 
「私の名前はウペポ。ここで魔術の研究やら魔道具をつくってるのさ。研究などに使う材料を調達するのが大変でね、時折妖精に頼むんだよ。報酬は弾むと言ってね。下でレプラコーンと会っただろう、あれもそうさ。いつも通りお遣いを頼んだら、頼んでもいない人間の子供を連れてきたもんだから驚いたよ」
「どうして連れてきたんですか?」
 と、アール。
「魔物に襲われたのか怪我をしていてね。死にたくない、助けてくれって泣きつかれて、でもどこから来たのかは一切言わないもんだからお手上げ状態でとりあえず連れてきたってわけさ」
「ウィルはしばらくここに?」
「あぁ、完治するまでという約束でね。でも怪我が治っても帰ろうとはしなかったのさ。頼んでもいない掃除を始めたり、自分もお遣いに行くからここで働かせてほしいと言ってね」
 
ウィルは母の苦労を考えて、なにがなんでも家に帰りたくはなかったのだろう。必死にひとりで生きようとするウィルの姿が目に浮かぶ。
 
「ではウィルさんが下にいたのはお遣いで?」
 と、ルイ。
「いいや、鬱陶しくなったから地上に返しただけさ。最初だけだよ、言うことを聞いていたのは。隙があれば悪戯したり、レプラコーンとはしゃぎ回ったり。子供だから仕方がないが、仕事の邪魔になる。──それに、話しを聞く限りでは母親も心配しているだろうからね」
「そうでしたか……」
「レプラコーンに頼んだんだが、ウィルが暴れてね。絶対に帰るもんか! って。手に負えないから、魔物を寄せ付けないお守りを持たせて地上に下ろしたんだよ。あんた達が見つけてくれて助かったよ。ま、タイミングは見計らっていたけどね」
「え、ばあちゃん下界見えてんの?」
 と、カイが訊いた。
「見えるさ。水晶玉でね」
「ところでさ、さっきから猫の声するんだけど、ばあちゃん猫飼ってんの? あとお菓子ないの?」
「カイさん、人の家にお邪魔してお菓子をねだるとは行儀が悪いですよ」
「お菓子はキャンディとチョコレートならあるさ。ついでに猫も呼んでくるよ」
 と、ウペポは立ち上がる。
「あ、お構いなく!」
 と、ルイ。
「困っていたんだよ、ウィルがいるからお菓子を用意していたんだけどもういないからね。処分してもらえると助かるよ」
 そう言ってウペポは客室を出て行った。
 
「いやー、おねだりしてみるもんだねぇ」
 と、カイは背もたれに寄りかかった。
「恥ずかしいから今後はやめて」
 アールはため息をついた。
 

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