voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別25…『カイの決意』◆

 
アールはカイを捜しながら、バグウェル家に向かっていた。往復するのは流石に疲れる。
 
「すみません、前髪を縛ってる男の人、見ませんでした?」
 と、手当たり次第聞き込みをはじめた。
「あー、見た見た。あっちに走って行ったよ。彼氏かい?」
 と、80代くらいの老婆。
「いえ、彼氏ではないけど、ありがとう」
 
教えてもらった方角に向かいながら、携帯電話を取り出した。カイに電話をかける。しかし呼び出し音は鳴り続けているものの、なかなか出ない。
 
──やっぱりシドん家に行ったのかな……。今までありがとうだなんて、カイらしくない。
 
駄目元で電話をかけ続けたが、カイは出なかった。唯一心当たりがあるバグウェル家に戻ってくると、息を整えてチャイムを鳴らした。暫くしてヒラリーが顔を出す。
 
「はーい。あら、アールちゃんどうしたの? 忘れ物?」
 
その反応から、カイは来ていないのだとわかるが念のため訊く。
 
「あの、カイは来ませんでしたか?」
「カイくん? 来てないけど……なにかあったの?」
「あ、いえ、ちょっと……すねちゃって」
「あらあら、大変ね。私も一緒に捜そうかしら。ちょっと待ってね、今上着を……」
「あ、大丈夫です! きっとすぐに見つかりますし」
「そう……?」
 
またお姉さん達に迷惑をかけるわけにはいかない。
 
「あ、でももしカイが入れ違いに来たら……」
 と、頭上を見遣る。「二階の窓から黄色いハンカチを……」
「え、黄色いハンカチ? あったかしら」
「電話だと、もし気づかれたら逃げそうだから……」
「そうね、じゃあそのときはこっそりとハンカチを高いところに引っ掛けて知らせるわ」
「お願いします」
 
幸せの黄色いハンカチ。そんな言葉があったような気がして咄嗟に言ってみたが、自分の母親世代に放送されたドラマじゃなかっただろうかと、曖昧な記憶に首を傾げたアール。
 
「カイを捜さなきゃ」
 
バグウェル家を離れて次に向かったのは宿だった。カイがお金を持っているかどうかが疑問だが。それにカイを連れ戻すかどうかは、まだわからない。カイ次第だった。
 
宿に到着し、フロントでカイのことを尋ねた。すると、つい5分前に部屋を借りたと聞かされた。
 
「ほんとですか!」
「えぇ、紫陽花の間に、いますよ」
 
アールは迷わず向かい、カイがチェックインした紫陽花の間を見つけた。部屋数が少ないおかげですぐに見つかった。
 
「カイ、いるんでしょ?」
 閉められている引き戸をノックした。
 
しかし待てども反応がない。
 
「カイ、開けるよ?」
 と、戸に手をかけるが、中から鍵がかけられていて開かなかった。
 
──まさかの引きこもり……?
 
「ねぇ、いるなら返事して? 開けなくてもいいから」
 
もう一度ノックすると、部屋の中から足音が近づいてきて、戸のすぐ向こう側で止まった。もしかして知らない人だったらどうしようと不安になったが……
 
「俺のことなんかほっといてよ」
 と、いつもより、低く沈んだカイの声だった。
「ほっとけないから捜しに来たんだよ」
「…………」
「ねぇカイ、聞いて……? カイのこと、必要ないなんて思ったこと、ないよ」
「……嘘だ。気を遣わなくていいよ」
「嘘じゃない。カイ、私は慰めに来たんじゃなくて、勘違いを解きにきたんだよ」
「…………」
 
アールは戸の傍に腰を下ろした。戸を挟んだ向かい側には、カイが膝を抱えて座っている。
 
「カイ、私ね、カイの存在には救われてるんだよ。カイがいなかったら、仲間と打ち解けてなかった」
 
初めてこの世界へ足を踏み入れたとき、現実だと受け入れがたいことばかりで戸惑っていた。理解が出来ないまま事が進み、精神的にも苦痛でしかなかった。そんなアールの心にノックもなく入り込んだのは紛れも無くカイだった。空気を壊すカイの明るさには、緊張や不安で張り詰めていたアールの心を解かす力があった。
 
カイがいなかったらと考えると、ぞっとするほどだ。堅苦しい中で言われるがまま動かされ、ルイの優しさには疑いを持ち、シドの威圧感には押し潰され、誰も信用出来ず、それでも逃げ出せずに魔物を斬り殺し、笑うことを失っていただろう。
 
「カイの存在は大きいよ。みんなの中心にいる架け橋なんだよ。カイがいなかったら仲間意識は芽生えなかったし、私の心は不安定のまま、とっくに壊れていたと思う」
「…………」
「あ……まぁ、カイがいてくれたのに壊れて城に戻されたこともあったけど……」
 と、アールは苦笑する。
 
カイは膝を抱き抱え、顔を埋めた。
仲間に劣等感を抱く。それなのに努力が続かない自分に苛立つ。
 
「カイ」
 
戸の向こう側から、優しく語りかけてくれるアールの声がする。旅のはじめの頃は自分が守ってあげようとさえ思っていたのに、今では守ってもらっている。
 
あっという間に追い越され、手を引かれている。
 
そんな自分が仲間に戻っても、シドの姉のように仲間を危険な目に合わせてしまうだけかもしれない。戦いに向かう仲間の背中にしがみつき、動きづらくしているだけだ。
 
本当に自分はいないほうがいいのかもしれない。
アールは必要だと言ってくれる。でも、この先も必要とされるだろうか。精神的にも強くなり、共に戦うシドがいる。優しく気遣うルイがいる。静かに話を聞いて寄り添うヴァイスがいる。足手まといはいない。
 
俺ひとりいなくなっても、はじめは寂しいと思ってくれるかもしれない。だけどそれははじめだけ。すぐに切り換える。
 
幸い、ここにはシドの姉ちゃん達がいる。独りぼっちじゃない。
 
自分に役目があったとするなら、それはアールがこの世界に来て間もない頃までで終わってるんだ。
 
身を引く決断をしないと、自分のせいで誰かが死ぬかもしれない──
 
「ねぇカイ、この前リアさんから連絡があってね?」
 
突然、紫陽花の間の戸が開いた。
カイは無表情でアールを見下ろしている。やっと顔を見て話しが出来ると思ったアールは立ち上がってカイを見上げた。──と、胸に強い衝撃を感じた。気がつけば廊下を挟んだ反対側の壁に背中を打ち付けていた。カイの手がアールの胸倉を掴んでいる。
 

 
「痛っ……」
 アールは顔を歪め、不安げにカイを見やった。  
「しつこい。あんたに俺の何がわかるんだよ!」
「…………」
 
ひやりと突き放す目つきに、動揺する。今まで見たことがないカイの表情に、言葉が出なかった。
 
「俺はもう旅をやめる」
 
カイはアールから手を引き、宿の外へ出て行った。
アールは痛む胸を押さえながら、ズルズルと廊下に座り込んだ。
 
「なにそれ……」
 
泣きそうになる。最近涙腺が緩んできて困る。
 
「……カイのわからずや」
 

──壊れてしまう。
 
そう思った。
 
私たちの関係も、カイ自身も。
これまで築き上げてきたもの全て。

 
「なによ“あんた”って……」
 
涙が滲む目を擦った。
すくと立ち上がり、カイを追い掛けて宿を出た。
 
──雨だ。
 
「もう……最悪」
 
サラサラと降っていた雨は次第に強くなり、足元を流れた。
 

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