voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別15…『コロセと言われましても』

 
「クロエ?! 待って!!」
 
アールがクロエを追い掛けてゆく。呆気に取られたのはティーカップを手に紅茶を飲んでいたルイとヴァイスだった。アールのティーカップは地面の上で逆さまになっている。
 
クロエは地面を滑りながら結界で囲んであるアンデッドの元へ向かってゆく。アールはクロエを捕まえようとして転倒。
 
「いったぁ……」
「アールさん!」
 と、ルイが駆けて来る。
「んもぉ……あんたひとりで何が出来るってゆーのよ!」
 
結界の前まで来たクロエは、ふわりと宙に浮き、刃先をアンデッドに向けた。
 
「うそでしょ……」
 
キンキンと刃が結界の壁に当たる音が響く。クロエはアール無しに、結界を切り裂こうと独りでに動いていた。
 
「クロエさんの念を強く感じます。アールさんが彼をコントロールしなければ、厄介なことになりますよ」
 と、駆け付けたルイが言う。
「クロエがひとりで戦うのを見てるだけじゃダメ……? あそこまで独りで動けるならどう見ても私いらないよね……?」
「クロエさんが勝つとは限りませんよ。ただの鉄の塊と化した場合、アールさんは予備の刀で仕留められますか?」
「…………」
「この町で亡くなり悔やみきれない魂と、クロエさんの魂の成仏が出来ないままでは……」
「わかった……戦うから」
 と、仕方なくそう言ったアールの頬をすれすれに、クロエが飛んできた。「ひゃあ!」
 
クロエの刃先が地面に突き刺さる。
 
「な、なに……?!」
 剣に嵌め込まれているクロエのアーム魂が、真っ赤に光っている。
「随分とお怒りのようです。痺れを切らしたのでしょう。シドさんを待っている時間はないかと」
「そんな……ちょっと! 今まで一緒に戦って来たのに歯向かう気?!」
 
アールが地面に突き刺さっているクロエを引き抜こうとしたが、抜けない。
 
「ちょっと!」
 
    殺せ
 
「え……」
 
    黒幕を殺せ
 
「…………」
 アールはごくりと唾を飲み込んだ。
 
 この日の為に我はお前に手を貸してきたのだ
 
   裏切りは許さん
 
「…………」
「アールさん?」
 と、ルイがアールの様子を気にかける。
「声が……」
「声?」
 
 町を滅ぼした黒幕を消し去れ。我を使え。全てに決着をつけるのだ
 
「クロエの……」
 
 長年の恨みを──
 
「てかわかったから。喋りすぎだから。なんかガッカリだから」
「アールさん……?」
 
  …………
 
「要するに手ぇ貸してきたんだから今度は私が手ぇ貸せって言うんでしょ? わかったからぶつくさ言わないで」
 
   …………
 
アールは改めて剣の柄を握ると、今度はスッと抜けた。
 
「手を貸したいけど死にたくはないの。仲間割れせずに協力し合わなきゃ」
 
   …………
 
「返事」
 
    ……はい
 
「ルイ、ウジをお願い」
「あ、はい!」
 
ルイは状況が読めないまま、水の攻撃魔法を使った。みるみるうちに結界の中は水で満たされ、結界の内側の壁にへばり付いていたエノックスやウジ虫が水中をうようよと泳ぎ回った。
 
「どのくらい待てばいい?」
「エノックスが水没するかどうかがわからないので長くみて5分」
 と答えたルイの目と鼻の先に、剣先を向けたアール。
「わわっ! ごめんっ私じゃないの!」
 アールは全体重をかけてクロエを引っ張った。
「……驚きました」
「言うこと聞きなさいよ! 手ぇ貸さないよ?!」
 
ふっとクロエの力がなくなり、アールはクロエを握ったまま後ろに倒れた。ドシンと尻餅をつく。
 
「アールさん! 大丈夫ですか?!」
「先が思いやられるよ……」
 
━━━━━━━━━━━
 
「やめなさいっ!!」
 
エレーナの声に、シドの手が止まった。
シドが振り上げた刀の刃は下を向き、その先には朦朧としているクラウンが倒れている。
 
「殺さないの」
 エレーナはシドを宥めるように、なるべく落ち着いた口調で言った。
「生かしてどーする」
「ブタバコにぶち込めばいいわ」
「…………」
 
シドは仕方なく刀を鞘に戻し、クラウンの胸を踏んだ。
 
「シドぉー……ありがとぉー……」
 泣きながらそう言ったカイ。
 
シドはずっとクラウンを見下ろしている。
 
「ちょっと。早く助けなよ」
 ヤーナが体をよじりながら言った。「はやく!」
「え……あ、あぁ」
 
シドはヤーナに駆け寄り、縄を解いた。ヤーナは体に突き刺さったダーツの矢を自力で引き抜き、ふらつきながらカイの元へ。縄を解こうとしたが、ピリピリと手が痺れ、力が入らない。
 
「ヤーナ、先に戻ってろ」
「……わかった」
 と、その場を離れようとしたヤーナは、目を丸くした。「シド!」
「あ?」
 ヤーナの視線の先には、シドがやっつけたクラウンを抱き抱えるもう一人のピエロが大きな玉の上で立っていた。
「お前ッ──」
 シドが咄嗟に刀を抜いたが、玉乗りピエロと共に横たわっていたクラウンも消えてしまった。彼等をどこかへ移動させた地面に描かれた魔法円もすぐに消えてしまった。
「逃げられたじゃねーかっ」
 刀をしまい、エレーナのロープを解く。
「ありがとう……」
「殺しときゃよかったんだ。歩けるか?」
「えぇ大丈夫よ。──そんなこと言わないの。人は生きていればやり直せるんだから、そのチャンスは与えるべきよ。仲間に連れていかれてしまったのは残念だけど」
「幻想を抱くのは勝手だが、信じれば必ずしも救われるなんてことはない」
 シドはそう言いながら、カイのロープを解いた。
「ありがとーシドぉ! 俺結構粘ったんだけどさぁ」
「…………」
 
シドはカイの目を見ずに、門番のロープを解いた。
 
「すまねーな」
「つかお前だれだよ」
「門番」
 と、ヤーナ。
「まだいたのか。さっさと町に戻るぞ」
「使えない門番だけど、協力してくれたことには感謝だな」
 ヤーナはそう言って門番を見上げた。
「慰謝料は払ってもらうぞ」
「はあー? あんたが勝手に行動したんだろ。さっきの感謝って言葉はなかったことにするわ」
「まぁまぁ」
 と、エレーナがヤーナの肩に触れる。「あいつよりは役に立ったわよ」
 
門の横に、膝を抱えて座っている髭面の男がいる。小刻みに奮え、なんとも貧相だ。
 
「誰だよ」
 と、シド。
「ヤーナちゃんが雇った剣士さん」
 と、エレーナ。
「雇ったのが間違いだった」
「雇ったっていくら払ったんだよこんなヘボに……」
「後払いだから1ミルも払ってない。酒屋じゃ少しは使えそうな男に見えたのに。あたし男見る目ないわ」
 
一同は町に戻り、胸を撫で下ろした。
エレーナを運んできたバイクの男が案外いい奴だった。心配して仲間を呼んだらしく、バイクに跨がった男が3人、待っていた。
それぞれにエレーナ、ヤーナ、カイが跨がった。
 
「俺は跡地に戻る」
「痺れは大丈夫?」
「たいしたことねぇよ。何本も刺されたおまえらが平気なくらいだ」
「いや、あたしら痺れ薬なんか塗られてなかったよ」
「は? でもヤーナ、お前手が痺れてロープ解けねえって……」
「あれはずっときつく縛られてて血流悪くなってたからだよ」
「……あーそう。で、こいつどうすんだ」
 
ヤーナが雇ったはずの男は門番に抱き抱えられている。
 
「その辺に置いてりゃ自分で帰るだろ」
「相変わらずドライだなお前」
 
バイクが一斉に走り出す。シドはカイの後ろ姿を暫く眺めていた。
見えなくなってから振り返り、門番に回復薬を渡した。
 
「悪かったな」
「いや……おかげでもっと強くなろうと思えた」
「VRCで鍛えるといい」
「そうするよ」
 

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