voice of mind - by ルイランノキ |
「あら?」
と、ビトラムの妻、ココアが子供部屋を覗いて微笑んだ。
アールと娘のハナが、仲良くおままごとをしていたからだ。
「あ、すみません、ハナちゃん借りてます」
と、アールは笑う。
「いえいえ、とても助かるわ。ハナは人見知りでろくに挨拶も出来ない子なのに、ビックリしちゃった」
「多分私の精神年齢が低いから話しやすかったのかも」
と、半分冗談を言う。
「じゃあ申し訳ないんだけど、少しの間ハナを見ていてもらえないかしら。洗濯物が残っているの」
「いいですよ、お任せください」
アールは胸に手を置いた。
ココアが部屋を出て行ってから、ハナはアールにプラスチックで出来たおもちゃのティーカップを渡した。
「ミルクです。10ミルです」
「安っ! いただきます」
と、飲むフリをする。
ハナの部屋にはぬいぐるみが沢山置いてある。特にベッドの枕の周りには動物のぬいぐるみが並べられており、絵本が置かれた小さな本棚にも可愛らしい鳥のぬいぐるみが飾られている。
壁にはハナがクレヨンで描いたと思われる、家族の似顔絵や花の絵が貼られていて、おもちゃ箱には人形、落書きセット、おままごとセットなどがある。
「かわいい部屋だね」
そう呟きながらも、忘れていた残虐な映像がパッと浮かんだ。
沈静の泉の中で見せられた少年の記憶。暴力的な父親にぶたれていた母と娘。母は死に、そして──
「おねーちゃんお店やさんやって?」
「え? あ、なんのお店がいい?」
「んーとね……イチゴやさん!」
「イチゴのみ?」
「おおきいイチゴください!」
「あ、はーい、いらっしゃいませ。こちらが当店で一番大きくて甘いイチゴです」
と、プラスチックのイチゴを渡す。
「おいくらですか?」
「10ミルです」
「では、この服とかえっこしてください」
と、人形の服を渡される。
「物々交換ですね、わかりました。VIPサービスということで良しとしましょう」
と、その時、ハナが受け取ったイチゴを持ったままアールの腕にしがみついた。
「ん? どうしたの?」
アールは部屋のドアに背を向けて座っていた。ハナがドアを見上げているので振り返ると、そこには背の高い男が二人を見下ろしていた。
「なんだ、ヴァイスか、ビックリしちゃった」
「ルイが呼んでいる」
「私を? オッケー」
と、立ち上がろうとするアールに、ハナはまだしがみついていた。どうやらヴァイスが怖いらしい。
「ハナちゃん、このお兄さんは優しい人だよ」
「……そうなの?」
「うん。──ね?」
と、ヴァイスを見遣るとヴァイスは困ったように視線をそらした。
「こんにちは」
ハナが勇気を出して声を掛けると、ヴァイスはハナを一瞥して、頷くように頭を下げた。
ハナは不安げにアールを見る。
「彼はシャイなの」
「しゃい?」
「んー、恥ずかしがり屋さん。──ね?」
「…………」
アールは立ち上がり、「このお兄さんと遊んであげて?」と言い残し、客間へ戻って行った。
ハナはヴァイスを見上げ、少しオドオドしながらプラスチックのイチゴを差し出した。
「どーぞ!」
「…………」
ヴァイスは小さな手からイチゴを受けとった。
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「アールさんどちらに?」
「ハナちゃんと遊んでたの」
と、ルイの隣に座る。
ビトラムがそんなアールを眺めながら言った。
「ハナは可愛いだろう? 君はいくつなんだ?」
「21です」
「ん? 君の年齢だよ」
「はい、21歳です」
「たまげたな、まだ10代だと思っていたよ! じゃあ彼等より一番年上のお姉さんというわけか」
「まぁそうなんですけどお姉さんらしいことはなにも」
と、アールは苦笑した。
「頼りねぇし足引っ張ってばっかだもんな」
シドが出されたお茶を飲む。
「反論出来ないのが虚しい」
「そんなことはないですよ、アールさんの包容力のある優しさに救われたことがありますから」
「え、そうなの? 無理して絞り出さなくてもいいのに」
ふいにビトラムが立ち上がった。
「まぁ今日はうちでゆっくりするといい。この客間を自由に使ってくれ。俺はちょっとエスカームに会ってくる」
「エスカーム?」
と、ビトラムを見上げるアール。
「会ったんだろう? ゴールデンつくしをくれた奴さ」
「そうでしたか、失礼ながら名前をお伺いするのを忘れていました」
ルイが申し訳なさげにそう言った。
ビトラムが笑いながら部屋を出て行き、アールはルイに目を向けた。
「そういえば用って? ルイが呼んでるっていうから来たんだけど」
「ビトラムさんがアールさんと話がしたいと言うので」
「そうだったんだ。──あ、カイにはもう連絡しといたから。シドん家にいるみたい」
「どこまで図々しいんだあいつは……」
シドは眉をひそめた。
「どこまでも」
と、アールは笑う。
「そういえばヴァイスさんはどちらへ?」
「ハナちゃんと遊んでるはずだけど」
「ヴァイスさんが?」
「うん」
「今頃喰われてたりしてなぁ」
シドは微笑した。
「冗談やめてよ。ヴァイスはそんな人じゃないでしょ」
「どーだか。お前あいつの何を知ってんだよ。人間じゃねぇってことすら最近知ったばっかのくせに」
「それは……」
と、口ごもる。
「人間を喰わないようにコントロール出来なかったらどうするんだ?」
「……気持ち悪いこと言わないで」
そう言いながら、アールは席を立った。
不安を胸に廊下へ出ると、ココアが子供部屋の前で呆然と立ち尽くしていた。
──嫌な予感がする。
「ココアさん……?」
アールは恐る恐る近づき、子供部屋を覗いた。飛び込んで来た映像に目を見開き、口を押さえた。
「うそ……」
Thank you... |