voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望29…『魔女』

 
「なんだ、連絡来なかったのか」
 と、ライモンドは家の玄関の前であぐらをかいて座っていたシドを見下ろした。
「あ?」
「話はついた。金は後で請求する。どうせもうしばらくいるんだろう、あんなことがあっちゃなぁ」
 ライモンドはポケットから鍵を取り出し、玄関を開けた。
「金で解決したのかよ」
「弁償代だけどな」
「は?」
 
ドアを閉めようとしたライモンドは、「そうだ」と外を覗き込んだ。
 
「お前、シドだっけ? ちょっと入れ」
「なんでだよ」
 と、携帯電話が鳴り、電話に出た。「なんだよっ」
『あ、シド? 遅くなってごめんね、たぶん解決したから戻っていいよ』
「おっせぇーよッ!」
 と、一方的にアールからの電話を切った。
「今連絡が来たのか、随分とのんびり屋のお嬢ちゃんだな」
「うっせぇ」
「まぁ入れって。面白い情報を教えてやる」
「情報? なんのだよ」
「まぁまぁ入れって」
 
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「なによもう! だから遅れてごめんって謝ったのに!」
 と、宿への道を歩きながらアールは携帯電話をポケットに仕舞った。
「アールそれ逆ギレー」
「あ……ごめん。確かにそうだ」
「わかればよろしい」
 と、鼻をほじる。
「ルイ、大丈夫かなぁ」
「んー…複雑だよねぇ。旅続けられるのかなぁ。またおばちゃん自殺未遂しなきゃいいけどぉ」
「やっぱりあれは自殺未遂だったのかな……」
「たぶんねぇー」
 と、鼻糞を宙に飛ばした。
「カイ汚い」
「え、鼻糞って溜まるものじゃん。溜め込むほうが汚いと思うけどねー」
「そうだけど、人前で堂々と鼻をほじって飛ばす行為が汚いと言ってるの」
「耳はほじってもいいのに?」
「耳もほじっちゃダメ。人前ではね」
「えー、アールさぁ、そんなに人の目ばかり気にしてたら人生つまんないよー?」
「…………」
「他人なんてねぇ、そんなに人のこと見てないんだからさぁ、自意識過剰なんだよー」
「近くで鼻ほじくって飛ばしてる奴は見てるよ。危険人物と見做すから」
 
飛ばされたくないし、とアールは言った。
ポケットから振動を感じて携帯電話を取り出した。ルイからの着信だ。
 
「──もしもし?」
 緊張気味に電話に出た。ルイの様子が気掛かりだった。
『アールさん、お騒がせしてすみませんでした。皆さん部屋にはいないようですが、どちらへ?』
「ううん、気にしないで? えっと……カイは私と散歩中。シドは……」
 
ダメだ。シドは口を揃えてくれそうにない。
 
『もしもし?』
「あ、ごめん。私とカイはライモンドさんに会ってきた。シドはライモンドさん家。もうすぐ帰ると思う」
『ライモンドさん?』
「雑誌の記者。ルイのこと嗅ぎ回ってた人……」
『…………』
「多分もう大丈夫。解決したから」
『すみません、ご迷惑をおかけして。何からなにまで……』
「謝ることないよ。迷惑って言うのは日ごろの私のことを言うんだから。私なんて日頃もっと迷惑かけてるよ」
 そう言ったアールの隣でカイが頷いた。
『そんなことは……』
「お母さん……大丈夫?」
『──えぇ。もう心配いりません』
 
ルイの声は意外にもハッキリと力強かった。
アールはホッと笑みを零し、カイに大丈夫だと伝えた。
 
「よかった」
『はい。ただ、焼け残っているものはないか調べたいのと、ご迷惑をおかけした近所の方々への挨拶、それから──』
「大丈夫だよ、ゆっくりで。明日出発する? 明後日?」
『すみません、ありがとうございます、明日の朝でお願いします』
「了解です」
 
アールは電話を切り、背伸びをした。
 
「ルイなんてー?」
「明日の朝出発だって」
「ひゃほーい! もう一日ゆっくり出来るー!」
 
街は今朝の騒ぎなどなかったかのように静けさを取り戻し、いつもと変わらない光景が広がっている。
天気も良く、元気にはしゃぐ子供たちがアールの横を駆け抜けて行った。
 
「ひゃほーい!」
 と、カイが子供たちを追いかけ、「ぎゃぁーっ!」と悲鳴を上げられている。
 
ショックだったのか立ち止まり、肩を落としていた。
 
「そりゃあ怖がられるよ」
 後ろから来たアールがカイの肩に手を置いた。
「鬼ごっこしようかなって思っただけなのに」
「知らない男の人に追いかけられたら怖いよ。カイは中身は子供でも思ってるより体大きいんだから。身長何センチだっけ」
「イナゴ」
「いなご?」
「175cm。アールは130cmだっけ?」
「そんなちいさくねーわ!」
 
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シドはソファに座り、テーブルの上に並べられた資料を見遣った。
 
「浮遊島?」
「おう、どうやらその島は上空3,000メートルのところに浮かんでいるらしい。そこにひとりの老婆が住んでるんだよ」
「島が浮かんでんのか? その婆さんは魔術師かなんかか」
「その通り。まぁ魔女と呼ばれているがね」
「魔女ねぇ」
「その老婆に会った男がいるんだよ。旅の途中で食料が尽き、飢えに苦しみ、森の深くで意識が遠退いた。──で、気づけば浮遊島にいたというわけだ」
「どうやって行ったんだよ」
「それがわかんねーんだよ。でな、その魔女は、自由自在に過去と現在を行き来できるらしい」
「へぇ、本当ならおもしれぇな」
「それと今度はこっちだ」
 
ライモンドはソファの横に置いていた段ボールから別の資料を取り出した。テーブルに置き、シドが手にして目を通した。
 
「おもしれぇだろ?」
「どんな魔物も封じ込めるアーム玉? そんなもんあんのか」
「いや、“あった”んだよ」
「あった?」
 シドは資料から目を離し、ライモンドを見た。
「閉じ込めることが出来るということは閉じ込めた魔物を何処でも解き放てるということだ。どれほどの魔物を封じれるのかわからないが、誰かがそれを使って二度と解き放てないように沈静の泉に沈めた」
「そのアーム玉はこの世にひとつしかないのか?」
「俺が知ってる限りではな」
「沈静の泉ねぇ……」
 と、ソファの背もたれに寄り掛かり、ふと最初に見た資料に目をやった。「なるほど、そういうことか」
「わかったか。まだ泉に捨てられる前の時代に行けば、手に入るってことだ」
 

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©Kamikawa
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